ドナルド・トランプ候補はなぜ「強い」のか(2)
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副島国家戦略研究所(SNSI)研究員 中田 安彦
また、政治資金をめぐっても、他の候補者とまったく違う。トランプは、大統領選挙をめぐる常識を塗り替えた候補者として知られているのだ。トランプの政治資金報告を見ると、彼は選挙運動の大半を自分の資産から捻出していることがわかる。政治サイト「ポリティコ」に報じられたところによると、今年になって発表された資金報告書によると、彼は総額で2,400万ドル使っているが、これはサウスカロライナ州でのライバルの半額、自己資金で1,780万ドルを選挙運動本部に貸し付けている。
一方で、20日に行われたサウスカロライナ州の予備選の惨敗を受けて選挙戦を撤退したブッシュ元フロリダ州知事は、関連団体での広告費用の支出と合わせて1億2,500万ドルもすでに費やしている。これだけ費やしてブッシュは、昨年6月にいきなり出馬表明したトランプに「あいつはエネルギーがない男だ」とバカにされてしまったことがケチのつき始めとなり、失速してしまった。政治家一家である「ブッシュ王朝」は、これでひとまず終焉することになった。トランプが自己資金で選挙活動を行っていることは、すなわち彼が何者にも「買収されない」ということを意味している。トランプが自己資金と民間からの献金、それとトレードマークとなった「偉大なアメリカの復興(Make America Great Again)」のスローガンを縫いこんだアメリカ製の赤い野球帽の売上などを選挙活動に当てている一方で、他の候補者は政治活動委員会(PAC)という特定の候補者を事実上支持することを目的に第三者によって設立された政治団体に集まる企業献金によってサポートされている。
このPACのなかでも、さらに別にSuper PACと言うものがクセモノなのである。PACには、大企業の息がかかった企業献金が集まる。主要な一般的な共和党系のPACとしては、「繁栄を求めるアメリカ国民(American for Prosperity、AFP)」やブッシュ政権の知恵袋と言われた、カール・ローヴ元大統領首席補佐官が率いる「岐路に立つアメリカ(American Crossroads)」という名前のものが知られており、そのほかにも、特定の候補者を支援したPACがある。
トランプに対しても、この種のPACがないわけではないが、集めた額は圧倒的に少ない。PACのうち、AFPはアメリカで大富豪(フォーブズ誌)にランクインするコーク兄弟(チャールズ・コーク、デイヴィッド・コーク)の部下によって設立されており、民主党やリベラル派からは共和党のマネーマシーンの象徴とされている。アメリカの片田舎で保守的なカンザス州に拠点を持つコーク兄弟は、非上場の石油・生活用品などを手がける総合企業の経営者で、政府による企業活動の規制を反対する思想であるリバータリアニズムの創始者としても知られている。ケイトー研究所やヘリテイジ財団といった保守系のシンクタンクにも資金提供している。アンチビジネス的な風潮が強いとされるオバマ政権に対して極めて批判的で、2009年以降、突如として勃興し、2010年の中間選挙で共和党の古株議員を破って誕生した保守系の新人議員旋風を引き起こした「ティーパーティー運動」の原動力になったのがこれらの勢力であるということを、米国の左翼系ジャーナリストのダニエル・シュルマン氏が著書『コーク一族』(邦訳は講談社)で暴露した。
「ティーパーティー運動」とは、アンチビジネス批判であると同時に、ボストン茶会事件から由来するアメリカの反政府・反税金の思想に根差している(日本でも茶会運動を目指す自民党議員がいるが、どうもこの点をあまり理解しているとはいえない)。そのため、茶会系議員が大暴れした12年末の「財政の崖」(政府債務残高上限の自動引き上げ阻止)の騒動のときは、一時的な政府機関閉鎖を阻止しようとした穏健な議会共和党主流派から苦言を呈されることもしばしばだった。茶会運動を背景に当選してきた議員らには、すでに候補者選びから撤退した、リバータリアンのランド・ポール上院議員(ケンタッキー州)、現在も残っているテッド・クルズ議員(テキサス州)、マルコ・ルビオ議員(フロリダ州)も含まれる。
ただ、茶会運動は2012年のオバマ再選阻止を目指して、コーク兄弟やローヴのクロスローズが資金力を総動員して共和党候補であったロムニー候補を支援したが、オバマ大統領側に戦略を見ぬかれて失敗している。茶会系の政治家は、去年の秋にあった下院議長選びでも主流派と言われるマッカーシー院内総務の就任を阻んだと言われるが、オバマ政権を8年続けさせることになっており、影響力は次第に衰えているのかもしれない。トランプは、「自分はコーク兄弟の資金提供も受けない」とツイートで明言している。コーク兄弟は毎年2回、冬と夏に共和党の資金提供者と有力な政治家を引き合わせるセミナーを行っているが、「コークによる予備選」(コークプライマリー)とも呼ばれているセミナーに参加する候補者を「コーク兄弟の操り人形が金をせびりに行くのか」と揶揄するツイートを行っている。共和党も民主党も、政治家というのは組織的な企業献金を行う大口献金者に「買われる」存在であるわけだ。トランプとコーク兄弟はニューヨークの社交界でも交流があるだけに、この批判発言はトランプの人気を大いに上げた。
(つづく)
<プロフィール>
中田 安彦(なかた・やすひこ)
1976年、新潟県出身。早稲田大学社会科学部卒業後、大手新聞社で記者として勤務。現在は、副島国家戦略研究所(SNSI)で研究員として活動。主な研究テーマは、欧米企業・金融史、主な著書に「ジャパン・ハンドラーズ」「世界を動かす人脈」「プロパガンダ教本:こんなにチョろい大衆の騙し方」などがある。関連キーワード
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