「神の視点」に立って新聞を読む?(5)
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(株)報道イノベーション研究所 代表取締役 松林 薫 氏
人間はものごとを流れで理解
――前回、ニュースの情報分析に役に立つテクニックとして3次元分析を教えていただきました。ほかにテクニックはありますか。
松林 基本的に人間はものごとをその流れ(因果関係)で理解しています。ニュースにも、政治面、社会面、経済面、など、それぞれに流れがあります。
政治の世界にはある種の「季節感」が存在します。これは、選挙というビッグイベントを除けば、国会の開かれている時期と、国の予算が決まるスケジュールから生じています。政治家や記者は意識的にせよ、無意識的にせよ、この2つの季節を頭に入れて活動しています。そこで、「政治面」を読む読者も、この2つの季節、スケジュールが頭に入っているのといないのとでは、政治ニュースの理解度が大きく違ってきます。
次に社会面ですが、刑事手続きがどのような流れで進んでいくのかを理解することなどが重要です。「目撃情報」~「容疑者の男を指名手配」~「強制捜査」~「容疑の認否」~「供述された犯行の詳細」~「余罪の告白」などを頭に入れて読む必要があります。
経済記事を読む上では、企業や経済官庁などの意思決定手続きや行動原理を知ることに加え、「経済現象」が起こるメカニズムについても、理解しておく必要があります。「消費」「投資」「外需」の3つから生まれた「需要」が「生産」を誘発し、「利益」を生んで人々の「賃金」につながっていくという流れを頭に入れておくとよいでしょう。経済記事を読むときは、記事に書かれている現象が、この流れのどの部分に当たるを考えて読むとよく分かります。
「人間には何が見えて、何が見えないか」が見える
――読者が明日から情報リテラシーを鍛えるためにはどのようにしたらよいのでしょうか。
松林 ぜひ一度はやっていただきたい、とっておきの方法をご紹介します。それは「自分の限界を知る」訓練です。これまでは主に発信側、新聞や報道などニュースの限界に関してお話ししてきましたが、受信側、読み手にも限界があることを知ってほしいのです。
それは新聞の縮刷版(中規模以上の図書館にはあります)を使って、「同じ新聞の紙面を、今日の日付から10年刻みで遡って読む」という訓練です。10年前、20年前、30年前、50年前(半世紀)まで遡るのが理想的です。
私たちは日常生活の中で、歴史のうねりや社会の変化を感じることは、ほとんどありません。社会構造や文化の変化はとてもゆっくり進行するので、リアルタイムでは感知できないからです。しかし、10年スパンで振り返ると、そうした変化がはっきり見えてくることがあります。また、私たちは自分の記憶を疑うことはまずありません。しかし、この縮刷版を読むことによって、自分自身の記憶の歪みや欠落に気づき、意識するきっかけとなります。つまり、「人間には何が見えて、何が見えないか」が見えるようになるのです。
この訓練の意味は、いわば「神の視点」に立って新聞が読めるという点にあります。報道に関心が高い人の多くは「物事の裏側」や「未来」といった、本来は見えないものを見通す力を身に付けたいという動機を持っていると思います。この神の視点に立って新聞を読むことで、見えない部分や先の展開を予想する「勘」を磨くことが可能になります。
お会いする方のほとんどが、新聞を読んでいる
――最後に読者にメッセージをいただけますか。
松林 現在就職活動中やこの4月から社会人1年生になった方に、自分の経験で申し上げますと、これから皆さんは利害関係を持ってニュースと接することになります。そして、それはあなたの評価、あなたの出世に直接関わってきます。いろいろなショックも戸惑いもあると思いますが、その時新聞はその社会との接点をつくる重要なツールになってくれると思います。
恐らく、これから皆さんがお会いする方のほとんどは、学生時代の仲間と比較にならないくらいの比率で新聞を読んでいます。その方々と付き合い、渡り合い、コミュニケーションをとっていく必要があります。新聞を読む必要が生じた時は、本日のお話を思い出していただき情報リテラシーを磨いてほしいと思います。
一般社会人の方にはお願いがあります。新聞、TVなどオールメディアは今、多くの批判にさらされています。確かに、新聞を含めて真摯に反省しなくてはいけない時期に来ていると思います。しかし一方で、私は「新聞、TVなどオールドメディアは全てなくなっても良い」という意見には賛成していません。その場合の社会的コストが計り知れないからです。改革を促すためにも、新聞などオールドメディアに対して、好き嫌いを超えて建設的なご意見をお寄せいただければと思います。
――本日はありがとうございました。
(了)
【金木 亮憲】<プロフィール>
松林薫(まつばやし・かおる)
1973年、広島市生まれ。修道高校卒。京都大学経済学部、同修士課程を修了、1999年に日本経済新聞社入社。東京と大阪の経済部で、金融・証券、年金、少子化問題、エネルギー、財界などを担当。経済解説部で「経済教室」や「やさしい経済学」の編集も手がける。2014年10月に退社、11月に株式会社報道イノベーション研究所を設立、代表取締役に就任。著書として『新聞の正しい読み方』(NTT出版)、共著として『けいざい心理学!』、『環境技術で世界に挑む』、『アベノミクスを考える』(電子書籍)(以上、日本経済新聞社)など多数。関連記事
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