発達障害にそう病が拍車か~相模原障害者施設殺傷事件(後)
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医療法人 井口野間病院副理事長 岡田 勢聿 氏
刑事責任は問える
――危険な思想を持っていたとしても、実行に移すとなると話は別です。
岡田 「劣性の人間に生きる価値はない」という価値観は、大島理森衆院議長宛ての手紙を書きながら固まっていったのでしょう。議長公邸を訪れ、職員が手紙を受け取った時点で彼の価値観は完成した。後は実証して見せるだけ。事件を起こしたことで、植松容疑者は達成感を得たでしょう。
――刑事責任を問えますか。
岡田 植松容疑者の刑事責任は問えると思っています。問えないとする根拠はありません。裁判では弁護側が精神鑑定の実施を求めるでしょうが、何を以て精神鑑定とするのか。たとえば、MRIによる画像診断や脳の代謝状態を細かく見極める検査などで、器質的、生理的に脳に事件を起こす原因となる病巣が分かれば話は別。精神学や心理学は話を聞き、その心の動きを洞察または推察する学問です。しかし、精神病患者は自らの症状に逃げ込む傾向にあり、それでは、はっきりとした判定は下せない。人の心を完全に理解するのは不可能です。今の精神鑑定に判断を依存するのは危険だと思っています。これだけの凄惨な事件を起こしたのですから、無罪になることは絶対に許されません。
閉鎖病棟の時代に逆戻りか
――今回の事件は精神医療にとって、大きな衝撃だったのではありませんか。
岡田 国は、精神医療を施設から在宅に転換しようとしています。急性期は病院で治療し、ケアの段階で自宅に戻すのです。イタリアのように、地域で患者を見守るという考え方ですね。今回の事件を受けて、この流れが10年間は逆戻りするでしょう。昔ながらの閉鎖的空間に閉じ込めてしまおうとする考えが復活するかもしれません。措置入院からの退院が難しくなり、このケースのような患者の在宅ケアはやりにくくなるのは確実です。
――精神科医は患者の危険性を見抜き、対処することはできないのでしょうか。
岡田 精神科医にそこまで求めるのは難しいでしょうね。医師が患者の立場に立つのは、社会と関わりを持たせてあげたいという思いがベースにあります。今回の事件を受け、これから措置入院した人は、退院後も含めて長期的に監視されることになるでしょう。そうしなければ、植松容疑者のように行動力があり、妄想を抱いている人間が犯罪行為に向かうのを止めることはできません。ただ、彼は本当に妄想患者だったのか。彼の行動を見る限り、それが妄想によるものだと見立てることには疑問があります。
患者と長期に関わっていく
――精神医療が抱える問題とは。
岡田 最近は施設から在宅の流れに乗り、クリニックで患者を診断し、薬を出すだけという丁寧な在宅ケアに意識が向いていない医師が増えています。その方が医師は楽ですが、私はいいとこどりだと感じています。やはり長期的に治療とケアをしていくことが大切。薬に頼る治療も問題です。たとえばコンサータやストラテラといった強い薬を、薬物療法からの出口も模索せず、長期的な使用に対する医学的論拠もないまま、3歳から9歳までの発達障害児に漫然と服用させています。医師や親にすれば扱いやすい子どもになりますが、それはただぼーっとしているだけ。強い薬は副作用の危険性が高く、子どもに長期服用させるべきではありません。
――事件の再発防止に医療はどう取り組むべきでしょうか。
岡田 発達障害を抱える人の脳が固まってしまうと、作業療法や行動療法で社会に適用するように慣らしていくしかありません。今回の事件を教訓に、専門家は箍(たが)を締めて患者と関わっていくことです。医療や福祉、教育などの専門家がチームを組み、それぞれの役割のなかで発達障害児や障害者と長く付き合っていく。関わることそのものが治療なのです。
(了)
【聞き手・文・平古場 豪】<プロフィール>
岡田 勢聿(おかだ・せいいち)
1960年福岡市生まれ。東福岡高校、福岡大学商学部卒業。麻生商事(株)入社。退職後、川崎医科大学付属リハビリテーション学院作業療法学部入学。卒業後、医療法人白十字会で作業療法部主任。退職し、発達障害児施設 知徳学園を福岡市で開設、園長を務める。その後、NPO法人理事長を経て、現在は医療法人井口野間病院と医療法人周友会の副理事長。また、九州大学医学部第一内科教室でリエゾン精神医学を専門習得生として研究中。関連記事
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