肥後銀行、過労死した元行員の妻が株主代表訴訟~戦後生まれた現代社会の病を考える
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肥後銀行の行員だった男性の過労自殺をめぐり、過労死を防ぐ体制づくりを怠り銀行に損害を与えたとして、男性の妻が7日、当時の取締役11人を相手取り、銀行に約2億6,000万円を賠償するよう求める株主代表訴訟を起こした。
2012年10月、男性は本店ビル7階から飛び降り自殺をした。妻ら遺族は肥後銀行を相手取り、損害賠償などを求め熊本地裁に提訴。14年10月の判決では、銀行が注意義務を怠り行き過ぎた長時間労働をさせたと認め、同行は慰謝料など1憶2,886万円を支払った。
同行株主である妻は書状で、当時の会長や頭取ら取締役は行員の労働時間を把握する必要があり、心身の健康に関わる長時間労働であればただちに是正すべきだったと指摘。会長らは労働時間管理の体制づくりを怠ったと主張している。肥後銀行のブラックな企業体質は、どういった価値観からきているのか――。まさか従業員を使い捨ての道具のように考えていたわけではあるまいが、この元行員の男性が自殺する直前は、月の残業が250時間を超えていたという。単純に労働時間の長さは自殺率の高さに比例する。この男性は自殺する前、うつ病を発症するのだが、どんどん忙しくなる業務に加え、真面目な性格からか、ささいなミスを犯してしまったときに、責任の重さに耐え切れずに身投げしたという。
そんなミスが出るのが当たり前のような環境で働いていて病気になり、責任感ゆえ死んでいく。あまりにもやるせない話だが、それが現実に行われていたうえ、事件が発覚した当初は、肥後銀行の執行部は事実を否定しようとしていた。遺族の努力により労災が認定され、肥後銀行は遺族に対し慰謝料を払うことになるのだが、最初に否定しようとしたところにも表れているが、『長く働いて当たり前、むしろ長く働くことが美徳』という日本の独特の価値観が根付いている。どうしてこんなことが起こるのか――。筆者は30代前半だが、世代を代表して言うと、長く働いて良いことなんて1つもないし、休憩もとらずに働くなんて非効率極まりないと思っている。長く働かなければならないのは、業務が多すぎるか、それとも本人の実力が足りないのかのいずれか。後者ならば、時間の使い方の改善や周りの協力を得るよう努めることで、その解決策も見出せよう。
今回の株主代表訴訟では、前回の裁判では聞けなかった同僚たちの声を聞くことに、これからこういうことが起こらないようになってほしいという妻の期待がある。長時間働かなくてはならない理由が業務の多さにあったのならば、そもそも無理なことをやっていたのか、どういう管理体制が敷かれていたのか。いずれにせよ月の残業が250時間を最終的に超えていたとなれば、常軌を逸していると考えるが、今後このようなことが起こらないよう全容を解明し、しかるべく処方されるよう裁判が進んでいくことが期待される。
この日本における“長時間働くことが美徳”という価値観は、なぜ生まれてきたのか――。これは、歴史的に見れば極めて新しい考え方だと言えそうだ。おそらくは、高度経済成長期の成功体験からきているのだろう。年功序列と終身雇用に守られ、働けば働くほど生活が豊かになっていったあの時代の遺産とも言うべき考え方が、いまだに年長者には染み付いている。それは、働く時間という視点からだけではなく、女性の働き方ひとつとってみてもわかるだろう。もちろん社会はそれを是正すべく、いろいろな施策を打ち出すが、日本の独特の価値観は、団塊の世代に直接学んだ世代がいなくなるまではなかなか変わらないだろう。大企業はまだマシな方で、中小零細企業に至っては、労働基準法を守っている会社の方が少ないのが実情であろう。それは、ただ昔の美徳からきているだけではなく、中小企業は実際に苦しいからだ。つまりこの過労死の問題は、ただ昔の美徳を抱いた年長者達が引退すれば解決することではなく、ただ経営が良くなれば解決することでもない。過労死はもっと複雑な社会の仕組みのなかで、がんじがらめにされて死んでいくというイメージなのだ。
戦後の日本では、復興のために労働者を都市部に大量に移動させ、それが高度経済成長を促す原動力となった。そしてアメリカ型の経済政策と社会システムを取り入れたために、日本に初めて『核家族』というものが生まれた。
それまでの日本では、農業が主な産業だったため、家族とは夫婦は共働きで、おじいちゃんおばあちゃんが家にいて孫の面倒を看るというのが普通だった。それが核家族化していくとともに専業主婦というものが生まれ、男性は外で稼いでくることが社会の役割となった。女性は出産を期に専業主婦になり、男性は金を稼ぐ。このライフスタイルがうまくいっているように、80年代くらいまでは思えたのだ。しかし、この核家族というシステムが破綻をきたし、社会における男性の役割が金を稼ぐということに特化していくにつれ、熟年離婚などの問題が顕在化するようになった。家庭における男性の威厳はなくなり、仕事をすることでしか自分を表現することのできなくなった男性は、さらに仕事にのめり込む。そして、その男性たちを企業がいいように扱うことによって、過労死が量産されていく。実際に、仕事でうつ病になったり過労死するのは、ほとんどが男性だ。
戦前の家父長制の頃の父親の威厳を引き継いで、核家族となった後も高度経済成長期の後も、しばらくは父親は家族から大切にされていただろう。だから仕事が辛くても、救われることもあったはずだ。今や、仕事に追われた男性たちが救われる場所などない。50代以上になると、とくにそうだ。仕事に邁進してきた男性がうつ病になるパターンが、一番多いのがこれだ。それでも最後に責任を果たそうと、保険に入って自殺する。まさに“サムライ”なのだろう。これが、がんじがらめにされて死んでいく日本の男性の過労死のイメージだ。昨今では、『イクメン』が取り上げられることも多い。しかし、男性の育児休暇取得率はいまだ2割に満たないという。筆者の考えでは、過労死という問題が日本の風土の問題ならば、解決策は女性の社会進出しかないと思っている。女性の社会進出が進むと、家庭のかたちが変わらざるを得ない。企業も突き詰めれば、1つひとつの家庭に支えられているのだから、家庭における役割の変化が、働き方にも影響してくると思われる。女性が仕事にも出産や子育てにも満足のいく生き方がしたいと思うならば、それは権利として獲得されていなければならない。女性は子どもを産む機械だとか、女は家庭を守るものだとかいう考え方は、まさに長時間働く美徳を支えてきた現代の日本社会の病そのものである。
今回の裁判では、株主の銀行に対する損害賠償請求となるので、会社の体制そのものを考える機会となる。前回の裁判よりも、より具体的な会社としての実態が浮き彫りにされるだろう。二度とこのようなことが起こらないよう期待したい。
【木村 尚基】
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