【特別寄稿】高市政権半年を超えて問われる予見可能性~外交・安保・財政に残る不安定要因~
日本大学
危機管理学部 大学院危機管理学研究科
教授 西田亮介 氏

発足直後に高支持率を記録し、衆院選でも大勝した高市政権は、豊富な政治的資源を手にしている。外交では一定の成果を上げる一方、台湾有事答弁を機に対中関係は冷え込み、資源・エネルギー調達にも不安が残る。「責任ある積極財政」の制度設計も見えにくい。企業経営にとって問われるのは、政権の強さそのものではなく、政策決定の根拠と手続がもたらす予見可能性である。
発足半年で問われる政権の予見可能性
本稿執筆時点で、高市政権が発足から半年を超えた。2025年10月の発足直後には7割を超える歴代上位の支持率を記録し、26年2月の衆議院解散総選挙では自民党が316議席を得て大勝した。もっとも、5月時点の主要報道機関の世論調査では支持率は6割前後へと漸減している。時事通信の5月調査は59.4%だった(時事通信、5月21日)。先立つ日本経済新聞・テレビ東京の4月調査では69%と高水準を保ちつつも、前月から3ポイント下げていた(日本経済新聞、4月26日)。
いずれも発足直後からの目減りが確認でき、試運転の期間が終わり、その強大な権力を何にどう使うのかという本領が問われる局面に入ったといえる。着目すべきは個別政策の是非もさることながら、政権の行く先についての予見可能性であろう。
政治の安定は企業の意思決定にとって不可欠である。いうまでもないことだが、企業活動は、エネルギー価格、サプライチェーン、為替、規制の見通しの安定を必要とする。政権が潤沢な政治的資源をもちながら、その使い方に手続的正統性と裏づけを欠くなら、そして場あたり的な打ち手を取れば取るほど、企業の意思決定は難しくなるだろう。本稿では、外交、安全保障、経済政策、その他のインシデントの観点からこの半年を振り返ってみたい。
外交では成果も資源供給に不安
外交は現時点で比較的成果が出ている領域といえよう。3月19日の日米首脳会談では、イラン情勢の悪化とホルムズ海峡封鎖の最中にもかかわらず、自衛隊艦船派遣を迫られる事態を回避し、米上院は超党派で同盟強化決議を全会一致で採択した。
米紙ニューヨーク・タイムズは「ほぼ無傷で乗り切った」、ブルームバーグも「国際舞台における機敏さを示した」と評価するなど、海外メディアからも高く評価された(日本経済新聞、3月21日)。つづく5月1日から5日のベトナム、オーストラリアへの歴訪も、ベトナムとの重要鉱物連携、豪州との経済安全保障に関する共同宣言に加え、海自のもがみ型をベースとする護衛艦の豪海軍導入で合意するなど、供給網と装備協力の多角化を進める実務的な布石となった(首相官邸、5月4日)。
ただし、過度のリップサービスは、対米従属的な印象を与えたり、米国によるイラン攻撃を肯定していると国際的に受け取られたりしかねない。他の自由主義国や、それこそ日本が重視しなければならないミドルパワーとの連携に支障をきたす可能性がある。エネルギーと物価は、近年、幅広く企業関係者も関心を寄せる外交上の論点となっている。本件を死活問題とする業界、企業も少なくないはずだ。
茂木外相がイランのアラグチ外相と3月と5月の2度にわたり電話協議を行い、日本関係船舶のホルムズ海峡通過の確保にこぎ着けた点は重要な成果といえる。政府は石油の代替調達が5月に6割、6月に7割とメドが立ちつつあると説明する。ナフサについても、4月末に首相が米国、アルジェリア、ペルーなど中東以外からの調達により、概ね年明け以降も供給を継続できると表明した。中東以外からの調達量は緊迫前の3倍程度に増える見込みだという(日本経済新聞、4月30日)。東南アジアや新興国での需給逼迫と比べれば、日本は備蓄もあり、相応に評価できる面はある(資源エネルギー庁)。
問題は、供給量の総量と「流通の目詰まり」を切り分ける政府説明と、現場の実感との乖離だ。石油備蓄法が守るのは原油やガソリンであり、化学原料であるナフサは備蓄の対象外である。塗料やシンナー、樹脂など川下の製造現場では調達難が報じられ、製造業の相当な範囲に調達リスクがおよぶとの分析もある。供給の優先順位が医療、新築工事、リフォームの順で組まれているとされ、川下ほどしわ寄せが集まりやすい構造だ。船舶保険料の高騰や喜望峰経由への迂回もコストを押し上げる。総量は確保されているという説明と、現場で原料が回らないという声は、必ずしも正面から矛盾しないが、その溝を埋める情報発信が十分とはいいにくい。
というのも、近年、日本のナフサ需要が減少していることは間違いないが、そこでは、日本の関連産業の国際競争力が低下し、最終製品の輸入によって需要を賄ってきたという点が看過されている。今回のように世界全体で関連製品の生産量が減少する局面では、最終製品の輸入も難しく、企業や消費者からすれば、結局は商品の逼迫が生じる。筆者は、政府がナフサの供給は概ね需要を満たしていると主張する一方で、現場から不足の声が挙がる理由はここにあると見ているがどうか。いずれにせよ、ギャップが大きければ大きいほど、経営者は、政府の「安心宣言」を額面どおり受け取らず、調達先の分散と在庫増で備えようとするだろう。
台湾答弁が招いた対中関係の冷却
次に安全保障を見てみよう。25年11月7日の衆院予算委員会で台湾有事をめぐり「存立危機事態になり得る」とした答弁は、内閣官房作成の応答要領に同趣旨の記載がなく、首相のアドリブだった可能性が辻元清美議員の質問主意書を通じて明らかになった(日本経済新聞)。米軍が攻撃を受けた場合に存立危機事態に該当し得るという論理自体は、15年の平和安全法制の枠内にとどまる。
だが、対中関係をはじめ国際的には波紋を広げている。10月末には日中首脳会談が行われ、その場では比較的穏健なやり取りにとどまったが、これを機に実務面での日中関係は冷え込んだままである(外務省、25年10月31日)。中国は1月にレアアースを含む軍民両用品の対日輸出規制を強化した(日本経済新聞、26年1月6日)。中国側は、薛剣大阪総領事によるSNS投稿を皮切りに、渡航・留学自粛の呼びかけ、税関手続の長期化、航空便の減便、王毅外相による名指し批判へと、段階的に圧力を強めてきた。
中国は、レアアースや貿易を梃子に「経済の武器化」をためらわない姿勢で、日本は劣位に置かれている。日本にとっての中国と、中国にとっての日本の貿易上の位置づけの非対称性もあり、打開の方向性が見えないままである。米国がイラン情勢に軍事資源を割くことで、米軍のミサイル在庫が減少し、日本周辺の安全保障環境も間接的に不安定さを増している。
レアアースや重要鉱物は製造業の生命線である。調達先の分散と在庫戦略の見直し、代替物質の開発は、もはや一部業種に限られた話ではない。こうした構造的リスクに政権が十分な打ち手を講じているとはいえず、地政学リスクを為替や金利と並ぶ経営前提として常時織り込む発想が、企業側にも求められるようになっている。
積極財政の看板と見えない制度設計
次に経済政策に目を向けてみよう。「責任ある積極財政」の名のもと、122兆円と過去最大の予算が組まれた。3月のイラン情勢悪化を受けて再開されたガソリン補助金は1Lあたり170円程度を目標に運用されているが、5月8日時点で支出は約8,300億円に達し、6月下旬には予算枯渇の可能性も指摘されている(その後、補正予算が組まれた)。
原油高局面での価格抑制は、ビジネスと生活に直結する物価対策として理解できる。ただし「責任ある積極財政」というフレーズが多用される一方、財政規律と物価高対応、選挙公約の食料品消費税ゼロや給付付き税額控除構想とのつなぎ方は十分に示されていない。税額控除は当面見送られるという。そうであれば単なる給付であり、従来の給付との違いは判然としなくなった。消費税減税を実現する意思があるのかすら判然としない。
国会ではなく、賛同する政党のみが集う「社会保障国民会議」で議論を進める手法も異例だ。衆院で圧倒的な議席を有しながら、長く政府・与党原案も示さず、実施の意向すら明確にしない現状は、財政、金利、為替の予見可能性を低下させ、企業の投資判断にも不透明要因として跳ね返っている。
政治的資源は潤沢 統治の基礎体力に課題
イレギュラーなインシデントに目を向けてみよう。象徴的なのが4月12日の自民党大会だ。陸上自衛隊中央音楽隊所属の現役自衛官が制服姿で国歌斉唱をリードした(時事通信、4月14日)。4月末には市民団体と弁護士グループがそれぞれ、当の隊員や陸上幕僚長、防衛相らを自衛隊法違反容疑で東京地検に告発する事態となった(時事通信、4月30日)。自衛隊法第61条は隊員の政治的行為を一般の公務員以上に厳しく制限している。
実力組織が特定政党と結びつけば文民統制を根底から揺るがしかねないという点が立法趣旨であることを想起すれば、「私人として」「政治的行為に当たらない」との首相や防衛相の説明には、複数の論者から疑義が示されている。筆者は別の原稿などでも論じたが、「法的に適切だが政治的に問題がある」という政府関係者の当初の釈明も、許可した防衛省・自衛隊なのか、隊員自身なのか、招き入れた自民党なのか、責任の主体を曖昧にしたまま批判をかわす詭弁であろう。
加えて、首相事務所をめぐっては、暗号資産に関する疑惑や、対立候補中傷の投稿依頼に関する疑惑が複数報じられ、首相は関与を否定している。事実関係はなお精査を要するものと思われるが、答弁は二転三転し発信をめぐる信頼の問題が積み重なっている点は見逃せない。総じて、選挙で得た議席と高水準の支持率という政治的資源は潤沢だが、立法事実、手続、原理に基づく説明という、いわば統治の基礎体力の弱さや懸念が目立つ。野党が分散し、支持率も低いため、直近での政権交代は考えにくいが、政治的な隙は、自民党内の権力闘争や分裂を招来しかねないというのが歴史的な知見でもある。
今後、中期的に問われるのは、政権発足直後の高い支持率を維持できるかではなく、政策の質とその形成過程であろう。注視すべきは支持率の上下よりも、政権が根拠と手続をどこまで示せるかだ。それらが規制や財政、外交の予見可能性に直結し、ひいては投資や雇用の意思決定の前提をかたちづくるはずだ。
<PROFILE>
西田亮介(にしだ・りょうすけ)
日本大学危機管理学部・大学院危機管理学研究科教授。博士(政策・メディア)。1983年京都生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同後期博士課程単位取得退学。同助教、(独)中小機構リサーチャー、立命館大特別招聘准教授、東京工業大学准教授などを経て現職。専門は社会学。『メディアと自民党』『マーケティング化する民主主義』『無業社会』など著書多数。そのほか、総務省有識者会議、行政、コメンテーターなどでメディアの実務に広く携わる。









