「認知症?」、それとも高齢による「呆け?」(後)
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大さんのシニアリポート第48回
健康診断の受診は、認知症進行度の確認という意味もあるが、介護保険制度未利用の中井夫妻の場合、問題が生じるからだ。全国の自治体では、「全国一律の介護保険給付から市町村への事業へ」のもと、次年度から「介護予防・日常生活支援総合事業」(総合事業)をスタートさせる。これまでの「要支援1、2」と「要介護1、2」を各地方自治体の裁量に一任するという方向転換だ。とくに要支援者が受けていた「ホームヘルプ・デイサービス」などが市町村の裁量(サービスの種類・単価)で決められることになる。
「社会保障費の急増阻止」を目論む国交省の腹づもりから生まれた施策だ。重度な要介護者を住み慣れた自宅や地域(地域にある介護施設やサービスの利用)で見守ろうとする「地域包括ケアシステム」に直結する。つまり、金のかかる介護保険利用者を地方自治体に丸投げする最悪の施策だ。
厚労省は「住み慣れた地域で最後まで暮らすことが最良の人生」「高齢者の尊厳」などときれいごとをいうが、実情は地方自治体の負担増とサービスの低下、高齢弱者の切り捨て以外の何ものでもない。未経験の超高齢者社会の到来で、北海道夕張市のように財政破綻する自治体が出てくるだろう。問題は中井夫妻が介護未認定者であることだ。未認定者では「総合事業」の対象者にすらなれない。心配なことは中井夫妻だけではない。先日、スタッフの1人が、通帳をなくしたと困惑する中井夫妻を目の当たりにして、未使用のバックを提供したという。「使い古しのバッグより、収納場所が多くて仕分けしやすいバッグのほうがいいのに、使ってくれない」と嘆いた。また、「食事の基本は『米と味噌』と昔からいうでしょう。この金(基金)で米を買うのよ。できれば5キロがいい。米があるのを見るだけで安心するでしょう」という。「それは強要ですよ。認知症の人に、自分の(正常と思っている)価値観を押しつけてはだめです」と話した。「だって、米と味噌があれば大丈夫だと昔からいわれていますよ」と譲らない。しかし、中井夫妻は野菜ジュースで栄養を摂取することが中心の食生活なのである。米飯やパンは副菜のような食事なのだ。これで何十年もの間生活をしてきたのだ。何より93歳と86歳という長寿がそれを証明している。「『症』というのは『病気』という意味です。健常者の意見(希望)を、認知症者に押しつけることはやってはいけません」と付け加え、ようやく了解を得た。しかし、ときどき「正論」を吐いて中井夫妻を戒めている。「中井夫妻のことが心配で夜も眠れない」とこぼす。体調が優れないようだ。顔色も良くない。
中井夫妻には、間もなく健康診断という名の「認知症診査」が来る。多分、「認知症」と判断されるだろう。されないと「要支援1、2」の判定が下りない。下りなければ介護保険が使えない。「総合事業」の枠にも取り込めない。しかし、検査で認知症と判断され、抗認知症薬「アリセプト」が投与される可能性も否定できない。この薬には強い副作用があるという。興奮や徘徊などの症状が出れば、それを抑えるために向精神薬が投与される。その後、完全に認知症になるという症例が少なくない。それを熟知しいている認知症医が少ないのが現状だ。
私の本心は、「認知症ではない」という診断を期待している。通帳をなくしたり、生活保護費受給の有無を忘れたり、人の名前を失念したりするものの、日常生活は問題なく過ごしていける。危ないが、金の管理もできている。これを「認知症」といえるのだろうか。加齢による自然な『呆け』ではないのか。見守る側にも困惑の日がつづく。(つづく)
<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務ののち、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ二人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(近著・講談社)など。関連キーワード
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