人間は恐れながらも、自分を超える存在を望んでいる!(2)
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早稲田大学 文化構想学部 教授 高橋 透 氏
機械と切り離して、「人間とは何か」は発せない
――「テクノロジーの哲学」の観点から、現代社会を少し俯瞰していただけますか。
高橋 現代では私たちの多くが、最新テクノロジーとしての携帯あるいはスマホを持っています。学生たちは、ほぼ全員がスマホを持っています。シニア世代である私の母親はまだ「ガラケー」(ガラパゴス携帯)ですが、そのサポートは近い将来終わります。そこで、私の母親は孫(私の息子)からいろいろと教わり、本人はスマホに乗り換える気になっています。恐らくこのことは、最近多くの家庭で見られる共通した光景だと思います。
私たちの生活はスマホ、つまりコンピュータなしには快適ではなくなっています。スマホを忘れたときの不便さを考えてみれば、納得いただけると思います。電話をかけるだけでも公衆電話は少ないですし、初めての場所に行くのには地図アプリがないと時間がかかり不便極まりないです。
また、電車の乗り継ぎも効率良くできませんし、隙間時間にはゲームがないと退屈してしまう人も多いと思います。つまり、すでに私たちは多くのテクノロジーと共生しているのです。私が専門とするヨーロッパ哲学の有名な問いの1つに、「人間とは何か」というのがあります。その大前提になっていたのは、人間は人間であって、他の動物とは違う、ましては機械とは違うというものでした。そこには、絶対に越えられない確固たる境界線があったのです。
しかし今、コンピュータなど機械と人間が密になり、チェスや碁、将棋の世界ではAIが人間の能力を上回り、AIによる自動運転車(ロボットカー)などが実現する可能性が出てきました。現在では、人間と機械を切り離して、「人間とは何か」という問いを発することでは間に合わないようになっています。このような研究は、欧米ではとくに進んでいます。たとえば、哲学者ではありませんが、グーグルのエンジニアのレイ・カーツワイルの著書『ポスト・ヒューマン誕生』を読むと、人間と機械との関わりは今後どうなっていくのか、そのとき人間はどのように進化していくのかなどについて、とても深く考察していることがわかります。
雑誌『WIRED』(米国発刊のテクノロジーによって私たちの「未来がどうなるのか」を論じるメディア)やYouTubeにおける『TED』プレゼンテーション(学術・エンターテインメント・デザインなどさまざまな分野の人物が登場するカンファレンス)を見ていただければ、よくわかります。賛否両論ありますが、人間のサイボーグ化に関する研究もかなり進んでいます。サイボーグはSFやマンガ・アニメ界の話ではない
「サイボーグ」と言いますと、皆さん驚かれると思います。しかし、私たちの社会は気づかないうちに、すでにかなり“サイボーグ化”されています。サイボーグは今や、SFやマンガ・アニメ世界の話ではなくなっているのです。
『攻殻機動隊』(士郎正宗の原作で、押井守、神山健治、黄瀬和哉によってアニメ化、さらに直近ではハリウッド制作による実写版が上映された)という人気の作品があります。主人公であるヒロインの草薙素子は、脳と脳幹の一部だけ生身で、それ以外はチタン製の義体で、機械と一体化したサイボーグです。しかし彼女は、健常者と比較にならないほどのパワーを発揮して大活躍します。サイボーグ化には、人間の能力を超える存在を生み出す可能性が潜んでいます。
ここで使われているインフラを「BMI(ブレイン・マシン・インターフェイス)」と言います。これは、脳信号の読み取り・脳への刺激によって、脳と機械のダイレクトな情報伝達を仲介するプログラムや機器のことです。実は現実世界でも、このBMIは使われています。京都にATR((株)国際電気通信基礎技術研究所)(※)という第三セクターの研究所があります。そのなかに、ごく一般的な住居のつくりで「BMIハウス」と呼ばれる研究施設があります。このハウスのなかでは、BMIの実用に向けた実験がすでに行われています。
現段階では、想定されるユーザーは、身体的にハンディを持つ人たちです。車椅子に座った被験者が、非侵襲型(生体を傷つけないような)のBMIヘッドセットを頭にかぶり、頭で念じただけで、テレビや部屋の電灯、エアコンのスイッチを入れたり、消したりできます。同脳情報研究所の所長である、この分野の第一人者の川人光男氏は、「将来は自宅の健康器具のように、誰もが扱える汎用的な技術に育てたい」と言っています。
(つづく)
【金木 亮憲】※ATR:(株)国際電気通信基礎技術研究所。けいはんな学研都市で、情報通信に関する基礎的・先駆的研究開発に取り組んでいる民間の研究機関。1986年創立以来、国内外の大学や研究機関、企業との研究交流、共同研究を積極的に進めつつ、人工知能、脳情報科学、ロボット技術、音声翻訳、無線通信、などの研究開発に取り組んでいる
<プロフィール>
高橋 透(たかはし・とおる)
1963年、東京都生まれ。早稲田大学文化構想学部教授。博士(科学社会学・科学技術史)
ニーチェ、デリダなどの現代西洋哲学研究を経て、サイボーグ技術、ロボット工学といった先端テクノロジーと人間存在との関わりをめぐる哲学研究に取り組む。「テクノロジーの哲学」は学生に大人気の講座である。著書に『サイボーグ・エシックス』『サイボーグ・フィロソフィー』、訳書に『サイボーグ・ダイアローグズ』(ダナ・ハラウェイ著)など多数。関連キーワード
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