2024年11月26日( 火 )

検察の冒険「日産ゴーン事件」(20)

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青沼隆郎の法律講座 第20回

推定有罪の日本司法

1:推定無罪
 推定無罪とは裁判で、正しい(違法収集でない)証拠に基づき犯罪が立証され、裁判官によって有罪と宣告されるまでは被告人は犯罪者として扱われないという原則である。
 従って、公訴手続が違法(刑事訴訟法違反)であれば公訴は違法手続として棄却される。
証拠も違法な手段で取得されたものであれば、それがいかなる意味(証明力)をもっていても裁判での証拠としての使用を禁止される(証拠能力の否定)。
 これは人類が、権力が被支配者たる市民を不条理に処罰してきた長い歴史から学んだ普遍の原理である。

2:ゴーン裁判の2つの権力犯罪
 ゴーン事件では日本のマスコミが検察の世論操作に協力するというかたちで、ゴーンの有罪性を示す「噂」が、証拠もゴーンの反論もなく、既成事実(真実)かの如く垂れ流される。
 この検察による「噂」(リーク)はもちろん、検察に不利な事実は一切含まれない。検察が隠蔽する不都合な真実こそマスコミは国民に知らせなければならない。

闇のなかの司法取引

 ゴーンは先に金融商品取引法違反の容疑で逮捕起訴された。証拠は司法取引協力者2名により提供されたものとされた。しかし同容疑は、具体的には有価証券報告書重要事項虚偽記載罪(以下同罪)であり、講学上「身分犯」であるから、被疑者協力者は取締役が合意適格者となる(刑訴350条の2)。無論、非身分者も教唆犯・幇助犯として共犯となれるから、報道された被疑者協力者2名は取締役でないから幇助犯でしかあり得ない。

 ところが、本件の同罪の嫌疑は積極的な虚偽事実の記載ではなく、記載すべき事実の不記載による結果的・評価的虚偽記載、つまり、不作為による犯罪行為である。

 不作為犯の幇助行為とはいかなるものか。より具体的にいえば、これら2名の被疑者協力者のいかなる行為がゴーンの不作為による犯罪の幇助行為となるかである。報道によれば、ゴーンらが作成した将来(退任後)に受け取る報酬に関する文書類を秘密裡に保管したという。しかし、この文書類は取締役会に提出して、その内容が承認されない限り法的に有効なものとならず、ひいて有報に記載すべき事項とはならない。犯罪とならない行為を犯罪行為と認識することを不能犯というが、被疑者協力者2名は司法取引合意における弁護人(ヤメ検)によって欺かれた可能性が極めて大きい。それはヤメ検2名が合意書に同意者として署名している事実が動かぬ証拠である。少なくとも被疑者協力者2名は自己の保管行為が同罪の幇助犯、つまり犯罪行為との認識はあり得ない。もともと不能犯だからである。このような場合、講学上、これら2名の行為を「故意ある道具」と称し、正犯者はゴーンら3名の報酬決定権者のみとされる(間接正犯)。被疑者協力者は単なる「道具」であり、被疑者とならない。市民の法的無知に乗じて検察は司法取引を成立させた違法がある。

 ゴーンは再逮捕された。それは上記犯罪の恣意的分断による2度目の嫌疑によるものであった。マスコミは何も知らず、テレビに登場する知識文化人、とくに弁護士らが何も言わないため、同罪の罪質の議論がまったく等閑にされた。1人郷原弁護士のみが、同罪は一連の目的動機が同一の行為であるから包括一罪であり、分断起訴は公訴権の濫用となる旨の批判をした。

 同罪の保護法益は金融商品取引市場の信用・安全であり、投資家・株主の保護であるから

 虚偽記載が市場に公開された時点で犯罪が既遂となり、公開され続けるかぎり、保護法益の侵害が継続するから継続犯である。これは典型的な継続犯である監禁罪の場合、監禁場所を転々とした場合に、異なる場所ごとに監禁罪が成立するのではなく、監禁が継続する限り一罪とされるように、継続犯として一罪である。厳密にいえば、最初の虚偽記載罪が継続している最中に同じ記載罪が重複して行われたものであるから、2回目以降の犯罪は犯罪の情状として扱えば必要十分である。分断的起訴は明らかに違法である。
 このような実質的事情もあって、再逮捕後の拘留延長が裁判所によって却下された。

再々逮捕拘留―特別背任罪による逮捕拘留

 推定無罪である被告人の公訴手続は違法であってはならない。手続的正義が最も優先重視される。このことは憲法第31条が明確に宣言している(適正手続条項)。

 日本のマスコミが検察の世論操作に迎合した最大の罪は、本件特別背任罪による起訴には公訴時効の成立に関する重大問題が存在することを隠蔽無視したことである。

 この問題は裁判所も一体となって日本の刑事司法の犯罪的状況をつくり出してきたという日本司法の後進性―冤罪構造と同根―そのものの問題である。ゴーン事件は世界に報道され続けるから必然的にこの後進性の核心がやがて白日の下に曝されることは必至である。

 ゴーンの特別背任罪の嫌疑事実は2008年に発生した。10年前の犯罪行為であるから普通にいえば、公訴時効が成立している。しかし、検察はゴーンの外国滞在が長く、それらの期間を合算した期間を差し引けば公訴時効は成立していない、として今回起訴した。

 この検察の見解は刑訴法255条の解釈に基づくものであるが、外国滞在が単独で独立した公訴時効停止要件事実とする見解は実は56年昔の最高裁判例(白山丸事件)でもある。
 この最高裁のお墨付きの見解は世界に通用する正論であるか。

(つづく)

<プロフィール>
青沼 隆郎(あおぬま・たかお)

福岡県大牟田市出身。東京大学法学士。長年、医療機関で法務責任者を務め、数多くの医療訴訟を経験。医療関連の法務業務を受託する小六研究所の代表を務める。

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