2024年11月25日( 月 )

2019年の注目経営者、潮田洋一郎・LIXILグループ会長兼CEO~仰天!! LIXILがMBOで、日本脱出か?(後)

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相続税、贈与税がないシンガポール

 シンガポールには、有名な大富豪がたくさん住んでいる。シンガポールに住む著名な日本人としては、ドンキホーテホールディングス最高顧問の安田隆夫氏、エイベックスグループ社長・松浦勝人氏、村上ファンド事件で有名な村上世彰氏などがシンガポールに居住する。

 なぜ、富裕層はシンガポールに住みたがるのか。いうまでもなく「節税」が目的である。

 シンガポールは相続税がない。贈与税もない。キャピタルゲインも非課税。所得税の最高税率は20%、法人税は17%。税率が低い国として有名だ。さらに、シンガポールの居住者になっても、年金など国外で発生した所得には税金がかからない。そのため、節税目的の富裕層はシンガポールに住みたがる。

 タックスヘイブン(租税回避地)を利用した富裕層の「税逃れ」が世界でも問題になった。日本では、租税回避地への資産移転を防ぐため、15年7月以降に海外へ移住する人物が保有する株に課税する制度を導入した。

 その制度が開始前に、居住地を日本からタックスヘイブンに移す富裕層が相次いだ。LIXILの潮田洋一郎氏もその1人で、シンガポールに移住した。

潮田家の脱税問題を機にシンガポールに移住

 潮田氏にとって、相続税は頭の痛い問題だった。14年12月、トステム(現・LIXIL)創業家の脱税問題がメディアを賑わしたことがある。

 トステムの創業者、潮田健次郎氏の長女が、父から相続した遺産をめぐり、国税局から申告漏れを指摘された。その額はなんと220億円。

 当時の報道によると、健次郎氏は、保有していた住生活グループ(当時)を売却して得た220億円を、潮田家の資産管理会社に移した。11年4月に健次郎氏が亡くなり、この資産管理会社の株式を長女が相続。長女は相続財産を資産管理会社の評価額にあたる85億円だと申告した。 

 国税は、資産会社の価値を実際より低く申告したとみなした。国税局は、過少申告加算税を含めて60億円の追徴課税を命じる「更正処分」を下した。長女は、保有していた財産から60億円をキュッシュで支払ったという

 この脱税事件の直後に、洋一郎氏はシンガポールに移住した。相続税を払わないための移住と受け取られた。今回、会社までシンガポールに移住するというから、びっくり仰天だ。

「守破離」の離の段階

 潮田洋一郎氏は、江戸の文化を今に伝える「粋人」として名が通る。潮田氏に対する辛口の論評をする会員制情報誌『FACTA』でさえ、彼の古典芸能の蘊蓄には脱帽する。

 〈潮田氏は築地に通ったころは浮名を流し、暇をあかせて岩波書店の太田南畝全20巻を愛読した、と朝日新聞の読書特集に書いていたが、これはなかなかタダモノではない〉(「FACTA ONLINE」2016年1月4日号)

 潮田氏に絶滅危惧種となった「粋人」という尊称を奉っているほどだ。
 茶道など芸事で個人のスキルの成長のプロセスをあらわす言葉に「守破離(しゅはり)」が用いられる。千利休の訓に基づく。

 〈「守」は、師や流派の教えや型、技を忠実に守り確実に身につける段階。「破」は他の師や流派の考えについても考え、良いものを取り入れ、心技を発展させる段階。「離」は、1つの流派から離れ、独自の新しいものを生み出し確立させる段階〉(デジタル大辞泉の解説)

  古典芸能の奥義を極めた潮田氏の発想は「離」。型から「離れ」て自在になることができる。

 LIXILグループのMBOによる日本脱出、本社のシンガポール移転、シンガポール取引所への上場という発想は、まさに「離」の段階だ。

 シンガポールに本社を移して、税率の低い海外で納税、保有するLIXIL株式の家族への譲渡には相続税も贈与税がかからない。たしかに、節税効果はある。

 しかし、LIXILグループは国内の事業が主軸だ。日本国内で住宅を建てる人たちや工務店は、節税目的で海外に本社を移すLIXIL製品を喜んで使うだろうか。日本脱出、シンガポール移住が、IXILの既存株主のほとんどや従業員、債権者にとってハッピーな選択とはとても思えない。

 故郷にアイデンティティー(自己同一性)をもっている人は多い。企業も同様だ。発祥の地から離れると、糸の切れた凧のように、アイデンティテイーが喪失する。老舗企業は、節税目的だけで、日本から脱出すべきではない。アイデンティテイーの危機だ。

 粋人経営者である潮田洋一郎氏の「型破り」の発想は、「形無し」になるリスクと背中合わせだ。はたしてシンガポールに向けて離陸できるのだろうか。

(了)
【森村 和男】

(前)

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