沈香する夜~葬儀社・夜間専属員の告白(3)
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皆さまは、親やきょうだい、もちろん御自身の葬儀に関してどのように考え、準備をしているだろうか。
近年「終活」という言葉が生まれ、ニュースでは、遺言や葬儀などに関するさまざまな情報が流れている。先日のニュースでは弁護士を交えて「死亡後、故人の銀行口座を凍結すること」についての対処法を報じていた。ひねくれ者の私は「高齢社会のなかで、人の死が儲かると考える人が多いのだなぁ」と朝の準備をしながら観ていた。
葬儀場に勤める私の本音は「核家族化」「老老介護」「無縁墓の不法投棄問題」のほうが日々実感している身近な問題だ。「遺言」や「終活」などは富裕層の道楽とさえ感じてしまう。
当然のことだが、人は死にたくないので、生きようとする。また、家族や周囲も「ギリギリ」の状態まで生かそうとする。闘病や介護に疲れ「早くお迎えがきてほしい」と思うようになるのは大概、ギリギリのラインを超えてしまっている場合だ。
それでは、皆さまに問う。ご自身、または親族や友人のなかに、「ギリギリ」の状態が長く続いている人が1人や2人いるのではないだろうか。
1人も思い浮かばない方は経済的に裕福なのだろう。お金があれば生きるも死ぬも、その最期を選択することができる。これが「終活」そのものだ。
ある日の夜、60代の女性が事前の連絡もなしに私が勤める葬儀場を訪ねてきた。インターホン越しに対応する私に、彼女は「父が死にました。父は中国地方出身なので、遺体を今から故郷に運んでください」と早口で、まくし立てるように告げた。彼女は高揚した様子で、話がまったく要領を得ない。私は彼女を事務所に迎え入れ、落ち着いてもらうためにお茶を差し出した。
彼女は「高度な医療を父に受けさせる為に福岡の病院に転院してきた」「独身の私は、父の看病の為に病院の近くにマンションを借り、福岡に住むことになった」「長い闘病生活の中、母親が父の看病を補助するために田舎から福岡に越してきて同居するようになった」「母は老い、父は90歳を越えて、受け入れてくれる病院もなくなり、両親の介護生活が始まった。気付けば私自身も60歳を越えてしまっていた」「兄夫婦は私にばかり面倒を押し付け、父が危篤というのに駆けつけてもこない」など時折、奇声のようなけたたましい笑いを交えながら私に不満の数々をぶつけてきた。
一連の話が終わり、彼女が落ち着きを見せ始めたところで、私は「このたびの御来場は内覧目的でしょうか、事前のお見積りをご希望ですか」と尋ねた。すると彼女は「父がやっと死にました。主治医に話は付いています。一刻も早く父の生まれ故郷に搬送してください。実家はもうないので、故郷の葬儀場を紹介してください」と語る。
ようやく御依頼内容が理解できた私は、搬送を急かそうとする彼女に、故人の所在を尋ね、自宅で亡くなったということを確認したうえで、医師からの死亡診断書が無ければ搬送できない旨を告げた。今夜は御自宅に安置する手配をし、死亡診断書が取れる明日以降に搬送することで納得していただいた。
その後、自宅への仮安置の為に彼女の自宅を訪問したのだが、自宅のリビングには立派な介護ベッドで眠る故人と大量の介護用品、隣室には認知症と思われる母親の姿があった。翌日届いた死亡診断書に死因は心不全と書いてあった、いわゆる老衰である。
彼女は「ギリギリ」だったのか「ギリギリ」を越えてしまっていたのか。医者でもない私には真相はわからないし、関係もないことだ。
昨年夏に厚労省が公開した「平成29年簡易生命表」によれば、日本人の平均寿命は男性が「81.09歳」、女性が「87.26歳」で過去最高を更新したと発表された。ガン、心疾病、脳血管疾患による死亡率の改善が記録更新の原因の1つだそうだ。
尊厳死についての議論が進んでいるようだが、簡単には死ねない日々がまだまだ続く。
(つづく)
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