中国現地ルポ -広州・杭州・長春・北京-(1)
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福岡大学名誉教授 大嶋 仁 氏
言論の自由
1カ月強となる中国旅行。南は広州から始まり、北上して浙江省の杭州。さらに東北地方に飛んで長春、そして最後は北京という強行軍だ。
「いまどき中国で何を?」と言われそうだが、いくつかの大学で講演をし、あとは見て楽しみ、食べて楽しもうというだけのこと。
とはいえ、出発の数日前、福岡のカフェで2人の友人と団らんした時、いろいろなことを考えた。友人の1人はアメリカ在住のフリー・ジャーナリスト。もう1人は東欧事情に詳しい大学教授。私が「もうすぐ中国へ行く」と言ったのがきっかけで、まことに興味深い議論となった。
「え? そんなに長く中国に行くの? 拉致されないでくださいよ」とアメリカ在住ジャーナリストの弁。「僕には拉致に値するものなんか何もない」と私は答える。すると彼、真剣な顔でこう言った。
「今の中国、情報管理がすごいじゃないですか。レストランでメニューを注文するにもスマホ。バスや電車の予約まで、それでやる。現金で支払えるところはほとんどないそうですよ。一般市民は『便利になった』と喜んでいるかもしれないが、これは国の国民に対する情報管理にほかならない。恐ろしいじゃありませんか」
言われてみれば、たしかにそうだ。数年前に行った時も、タクシーの支払いなど皆がスマホで済ませていた。これが国家による情報管理なのだろうとは、私も思ったものだ。Googleやヤフーの検索を禁じ、WeChat以外のSNSを禁じることと、国民のスマホのフル活用とは、どこかで連動していると思われた。
「しかしだよ」と、大学教授が反論を展開。「アメリカ政府だって、国民の情報管理を徹底させているじゃないか。例のロシアにかくまわれているスノーデンを覚えてるだろ?アメリカ政府がアメリカ国民の携帯電話の90%を把握していることを、彼は暴露したんだ。WeChatや百度(はせいぜい中国どまりだけど、Googleとなれば世界中が利用している。だから、そのGoogleの元締めのアメリカは、世界全体の情報管理ができる状態にあるんだ」
これを聞いたジャーナリスト、必死の抵抗を見せた。「『Google支配』というけれど、その検索能力の高さはだれもが認めている。中国人だって、少しでもまともな情報を得たいと思えば、多少の金を払ってでもGoogleを見ているんだ。Googleはアメリカ一国のためにあるんじゃない。自由を求める全人類のためにある。中国人だって、本音では『自由』を求めているんです」
大学教授はそれでも引き下がらなかった。「そういう見方だから、君はアメリカナイズされているというんだ。自由というが、本当に自由なのかね。英国BBCが制作したドラマ『プレス』を見ただろ。『言論の自由』なんて、危いもんなんだ」
アメリカ在住者が英国ドラマなど知るはずもなかった。教授によれば、このドラマは「真実の報道」を信じる正統派ジャーナリズムと、儲かれば何を報道してもいいという商業主義ジャーナリズムとの対立を描いたものだそうで、双方の言い分のどちらにも加担せず『客観的』に描こうとしているところがいいのだという。いわゆる「良識派」にすれば、真実の報道を標榜するジャーナリズムを歓迎するにちがいないが、ドラマの制作者はあえてそれに挑戦し、報道における「真実」とは何なのか、言論の自由がはらむ危険性についても、視聴者に考えさせようとしているというのだ。
教授は力を込めてこう言った。「ドラマのなかに、英国政府が極秘にしている情報をかぎつけたジャーナリストに対し、政府が特別待遇を約束し、そのかわり情報を公表しないようにと働きかける場面があるんだ。『国民はすべてを知る権利がある』という良識にさからって、そんなことをすれば国民生活そのものが危険に晒されると政府の要人が迫る。そうなれば、ジャーナリストは難しい選択を迫られるわけだ。視聴者はこれを見て、言論の自由とは何なのか、今さらに考えさせられる。いいドラマとは、こういうドラマをいうんだ」
旅支度をしなければならなかった私は、この興味深い議論を最後まで聴けなかった。しかし、家路につきながら思ったものである。中国に言論の自由がないというのはたしかだろう。だが、それにはそれなりの事情があるはずだ。その事情をこそ、これから現地で見てみよう。
言論の自由ということでいえば、この日本はどうだろう。戦前から戦後へマスコミ規制が続いた日本。その体制は終わったかに見えて、マッカーサーの言論統制が、いつの日か内面化されて自己規制となっているのではないか。そういう日本に、どれだけの言論の自由があるというのだろう。広州へ向かう機中、そうした考えにつきまとわれた。
(つづく)
<プロフィール>
大嶋 仁 (おおしま・ひとし)
1948年鎌倉市生まれ。日本の比較文学者、福岡大学名誉教授。 75年東京大学文学部倫理学科卒業。80年同大学院比較文学比較文化博士課程単位取得満期退学。静岡大学講師、バルセロナ、リマ、ブエノスアイレス、パリの教壇に立った後、95年福岡大学人文学部教授に就任、2016年に退職し、名誉教授に。関連記事
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