【日朝関係の未来】拉致問題解決の突破口はどこに?(後)~包囲網と外交のリアリズム~
国際未来科学研究所
代表 浜田和幸 氏
国内外で追い詰められる北朝鮮。その脆弱性を突く日本の独自外交はどこまで現実的か。歴史的経緯から最新の災害・経済情報までを視野に入れたリアルな分析で、拉致問題解決の道筋を照らす。
北朝鮮の危機とチャンスの交差点
日本が朝鮮半島の統治時代に独自に入手し、アメリカはもちろん北朝鮮もが喉から手が出るほど欲しがっている朝鮮半島に眠る未開発の資源に関する情報は、いまだに有効に活用されていません。しかも、拉致問題に限っていえば、日本政府は北朝鮮を非難糾弾するばかりで、相互協力の下で問題解決を図ろうとする姿勢が官邸からも外務省からも感じられません。
ところが、北朝鮮の金正恩総書記は昨年元旦に起きた能登地震へのお見舞い電報を岸田文雄前首相宛てに送ってきただけではなく、最近、日本からの帰還朝鮮人の待遇改善を指示しています。北朝鮮の日本向けのシグナルとも見られ、その真意を探るべきです。
というのも、このところ北朝鮮内でも前代未聞の事故や災害が頻発しているからです。中国との国境に聳える白頭山では噴火の予兆も観測されています。しかし、厳重な情報統制が行われているため、そうしたニュースは外部にはほとんど伝わってきません。その代わり、ミサイル発射実験に成功したとか、韓国との統一は反故にし、核兵器を使ってでも併合する、といった強硬な発言のみが報道されています。
しかし、北朝鮮の国内では、食料や医療品の不足が深刻化し、国民の間での不満が鬱積(うっせき)している模様です。そのうえ、2023年12月には平壌発の列車が電力不足で急こう配を登り切れず、脱線し、数百人の乗客が命を失ったとのこと。
脱北者によれば、大洪水など自然災害の影響で、電力不足はいうにおよばず、食糧生産が滞り、栄養失調者や餓死者も急増している模様。なかでも「電力の地域間格差」は深刻さを増しています。首都の平壌は恵まれていますが、それ以外の地方では電力供給は1日数時間といった具合です。1月1日の元旦でさえ、電気が使えたのは6時間以下だったといいます。工場や病院をはじめ政府の主要機関には優先的に電力が供給されているため、一部の住民はワイロを払って、産業用の配線から個人宅への電気の横流しを受けている模様です。
拉致解決への現実的アプローチ
そうした国内の危機的な状況を飛躍的に解消することができれば、金正恩総書記にとっては願ってもない話。アメリカのトランプ大統領は1期目には北朝鮮のリゾート開発に熱心でした。ロシアや中国にも売り込みを図っていたほどです。しかし、そうした事業を成功させるためには白頭山噴火の予防対策や万が一の避難体制の確立が欠かせません。「防災省」を売り物にする石破氏にとっては日本の技術協力をテコに金正恩氏の心をわしづかみにできるチャンスでもあります。
そもそも、金正恩氏の母親は大阪生まれで、1962年に北朝鮮に帰還した在日朝鮮系。日本と北朝鮮の間には、歴史的、経済的にも、人的にも多くのパイプが横たわっています。そうした経緯をしっかり押さえたうえで、北朝鮮の現状や可能性にも配慮した対応をしなければ、拉致問題の解決は「絵に描いた餅」に終わりかねません。
岸田前首相は「前提条件なしで、金正恩氏と面談したい」と、上から目線でした。「政治とカネ」の問題で、支持率急落に直面し、起死回生の隠し玉のように、北京ルートを通じて金正恩氏との接触を模索したようですが、その手の内は北朝鮮にすべて見透かされていました。北朝鮮は交渉相手として岸田政権を見限っていたわけです。
金正恩氏は「経済改革、とくに民生部門の強化」策を打ち出していますが、今のところは掛け声倒れの感が否めません。残念ながら、ミサイル発射や地下核実験には成功しているようですが、国民の日常生活を安全で豊かにするという目標は絵空事で終わっています。そのため、とくに若い世代では「金正恩体制への懐疑心」が急速に広がっているとのこと。
そうした国内の不満分子を一掃しなければ、41歳の若き金王朝3代目の先行きも怪しくなるでしょう。結果的に、国民の危機意識を高めるため、「アメリカが後ろ盾となって、南をたぶらかし、我らが祖国に攻撃を仕掛けようとしている。今こそ一致団結して、南を解放しなければならない」といった「敵を外に見いだす」作戦に舵を切ったようにも見えます。
とはいえ、北朝鮮は内部崩壊の一歩手前とも見られます。ウクライナ戦争を支援するため、ロシアに北朝鮮の兵士が多数派遣されていますが、それだけではありません。24年の国連の調査によれば、海外で働く北朝鮮労働者は10万人を超えています。本年2月末の環境正義財団(EJF)の報告書には多くの北朝鮮人が中国の漁船に乗り込み違法な操業活動に従事しているとのこと。それだけ窮状に陥っているわけです。
常々、北朝鮮との対話と融和を主張してきた石破首相ですが、北朝鮮の直面する危機的状況を逆手にとって日本の持つ資源情報や技術支援と引き換えに拉致被害者の全員帰国を実現すべきです。アメリカを味方につけ、ロシアや中国の関心にも配慮しつつ、金正恩指導部の包囲網構築という裏技を発揮する好機到来ですから。
(了)
浜田和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月自民党を離党、無所属で総務大臣政務官に就任し震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。著作に『イーロン・マスク 次の標的』(祥伝社)、『封印されたノストラダムス』(ビジネス社)など。