逮捕された「ネットベンチャーの旗手」黒木正博容疑者の転落の軌跡(前)
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黒木正博――。かつて「ネットベンチャーの旗手」ともてはやされたスーパースターだった。その人物が銀行融資詐欺容疑で逮捕された。ネットバブルの狂乱の時代、寵児となった黒木容疑者の転落の軌跡をたどる。
警視庁は5月8日、破産手続き中の室内装飾品販売会社ラポール(東京都港区)元社長の鈴木忍容疑者(44)や、金融ブローカーの黒木正博容疑者(53)ら5人を詐欺の容疑で逮捕した。
5人はうその決算書を提出して、約20の金融機関から計20数億円の融資を受けた。このうち約8億円が、主導役とされる黒木容疑者の口座に送金されていた、と報じられた。
黒木正博容疑者は、ネットバブル狂乱時代に若手ベンチャーの花形だった。時計の針を、あの時代に巻き戻してみよう。
絢爛豪華な上場記念パーティー
「インターネットはレコード、CDに続く第3の音楽革命です!」
普段は訥々とした口調の音楽プロデューサー、小室哲哉が声を張り上げると、約1,200人の聴衆から大きな歓声が湧き起こり、コンサート会場さながらの熱気に包まれた。
2000年1月31日、東京・内幸町の帝国ホテルで、東証マザーズ第1号となったリキッドオーディオ・ジャパンの上場記念パーティーが開かれた。
リキッド社は音楽デジタル配信サービスを主業とし1998年7月に設立。東証は99年11月にベンチャー企業に特化したマザーズを開設。同12月に上場第1号となった。
芸能界の人気タレントが多数顔を見せ、華やかなイベントに彩りを添えた。ステージでは、小室哲哉や、つんくといったヒットメーカーがスピーチし、モーニング娘。、SPEED、鈴木あみ、浜崎あゆみらが歌った。
檀上で、“CMの女王”藤原紀香が乾杯の音頭を取り、リキッド社会長の黒木正博と社長の大神田正文が乾杯の盃を高々と掲げた。黒木34歳、大神田31歳のときである。
パーティーの主役である黒木正博は学生起業家だ。神奈川県出身で、慶應義塾大学文学部在学中に、学生で構成する企画サークルの代表を務めた。90年に卒業後、このときの経験を生かしてマーケティング事業を旗揚げした。女子大生12万人、OL13万人を組織化して、情報誌につけたアンケート用紙で、彼女たちの本音ベースでの消費性向を探り出すというニュービジネスだ。
この事業を母体にして、91年5月に、テレマーケティング会社のスーパーステージを設立した。黒木はほかにもレンタルブティック、飲食店など数々の事業を手がけたことから、当時「若手ベンチャーの旗手」として知られた存在だった。
そして、新たなビジネスとして目をつけたのがインターネットによる音楽配信サービスである。スーパーステージの子会社として設立したリキッド社が、マザーズ上場をはたした。黒木の人生の最高のときであった。しかし、それは黒木が転落する始まりでもあった。
ド派手なパーティーは株価を吊り上げための仕掛けだった
開会直前になって、リムジンがホテルの玄関に横づけされると、杖をついた初老の紳士が降り立った。出迎えたのは、いかにもその筋とわかる人相風体の若い衆たちだ。
「ごくろうさまです・・・」
腰を90度に折って、彼ら独得の挨拶が交わされ。軽く頷いた初老の紳士は、目つきが鋭い若い衆に囲まれて、悠然とパーティー会場へと足を運んだ。異様な集団の登場で、華やかな会場の空気は一瞬凍りついた。
IT(情報技術)ブームがもつ闇の部分を浮き彫りにする光景だった。
その舞台裏が明らかになる。
ド派手な上場感謝パーティーを演出したのは、芸能界のドンといわれたバーニングプロダクションの周防郁雄と、住友銀行・イトマン事件の主役、伊藤寿永光であった。周防の号令一下、当代きっての人気タレントが帝国ホテルに集結した。
伊藤は黒木のリキッド社を支援していた。伊藤が豪華絢爛な上場記念パーティーを仕掛けたのは、株価を吊り上げるための仕掛け花火だった。伊藤の読みはズバリ、当たった。出席した芸能人の多彩さ、芸能界の太いパイプに驚嘆した株式市場は、一斉にリキッド株を買い上がった。
リキッド社の株価は2月4日、1,221円の超高値をつけた。
株式公開前にリキッド社の株式を購入していた芸能プロの関係者やアングラ紳士たちは、ここぞとばかり売り抜け、ボロ儲けした。
(文中敬称略=つづく)
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