2024年11月23日( 土 )

森林セラピーの第一人者・日本医科大学の李卿医師~森林浴の抗ストレス作用・免疫活性を科学的に解明(前)

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 自然に囲まれた森に入ると気分が落ち着き、心がリフレッシュする―。こんな森林浴の健康効果を、日本医科大学リハビリテーション科の李卿医師が、ナチュラルキラー細胞(NK細胞)の活性や降圧作用などを調べて科学的に証明した。昨年4月には、イギリスの大手出版社から、これまでの研究成果をまとめた著書「Shinrin-Yoku」が出版され、BBCをはじめフランス、ドイツのテレビでも取り上げられた。今では世界25言語に翻訳、30以上の国・地域で出版されている。今や“シンリンヨク”は、カラオケのように世界共通語になりつつある。

<プロフィール>
日本医科大学リハビリテーション学分野医師 李 卿 氏(リ・ケイ)

 1984年、中国・山西医科大学卒業。医学博士。日本医科大学リハビリテーション学分野医師。森林医学研究会代表世話人。国際森林・自然医学会副会長・事務局長。NPO法人森林セラピーソサエティ理事。99年、日本医科大学助手を経て同大学講師、2012年に同大学准教授。01年、米国スタフォード大学医学部留学。現在、日本医科大学リハビリテーション学分野で臨床と研究に携わる。07年3月、森林浴・森林セラピー研究を推進し、森林医学の進歩をはかることを目的に、林野庁、森林総合研究所、ほかの関連学会と連携して森林医学に関する研究を行う「森林医学研究会」を立ち上げ代表世話人に。企業・大学・自治体などに森林浴・森林セラピーを議論するプラットホームを提供し、森林浴・森林セラピーを国民に広く普及することで、日本の森林資源の有効活用と、国民の健康維持・増進に寄与している。

 ――「チコちゃんに叱られる」を拝見しました(2018年4月27日放送)。番組では、植物が出す毒性物質、フィトンチッドを吸引すると脳の活動が沈静化し、ストレスホルモンと呼ばれるアドレナリンの分泌が抑えられることが紹介されていました。さらにフィトンチッドが、がん細胞を攻撃するナチュラルキラー細胞(NK細胞)を活性化させるという李先生のインタビューが紹介されていましたね。

 李 フィトンチッドは、ロシア・レニングラード大学のポリス・トーキン博士が発見した揮発性物質で、「植物」を意味する「Phyto」と「殺す」を意味する「cide」からつくられた造語です。フィトンチッドは植物が傷つけられた際に放出して身を守る働きがありますので、抗菌作用が強いことが知られています。番組では、フィトンチッドのリラックス効果と、がん細胞やウイルスを攻撃するNK細胞の働きを高めることを説明しました。

 私は現在、日本医大病院で臨床に携わりながら、森林医学研究会を主宰し、国際森林自然医学会の副会長、NPO法人森林セラピーソサエティの理事を務めています。森林セラピーは健康問題に関わる分野ですので、厚生労働省の所管だと思われがちですが、実際に支援に動いたのは農林水産省の外局である林野庁でした。林野庁から助成金を獲得したことがきっかけとなり、森林浴の健康効果を科学的に研究するようになったのです。

 ――森林浴の健康効果を集大成した李先生の書籍は、昨年4月にイギリスの大手出版社Penguin Random Houseが出版したのを皮切りに、米国、ドイツ、フランス、スペインなどと、立て続けに欧米版が刊行されています。なかでも米国で出版された「FOREST BATHING」は、ベストセラーにランクインするほどの人気です。なぜ今、世界で森林浴が注目を集めているのでしょうか。

李先生の書籍

英国版
米国版

 

 李 欧米の人々は昔から森に入ると気持ちが良くなることを経験的に知っていました。静かな雰囲気、美しい景観、穏やかな気候、そして清浄な空気があるからだと考えられていました。また、森林に浮遊しているマイナスイオンもNK活性を高めることが知られていました。とくに現代は世界的に見てもストレス社会です。ストレスは、がんをはじめとするほとんどの生活習慣病を誘発し、増悪させる原因と見られています。

 私は、ストレスを受けると免疫細胞のNK活性が抑制されることに着目しました。NK細胞を含む免疫系が、がんの発生予防、細菌およびウイルス感染予防に大きな役割をはたしているからです。そこで、私は、森林浴がストレスを解消することにより、ストレスによる免疫抑制を解除して、免疫系に良い影響を与えるのではないかとの仮説を立て、これを実証するために森林浴による免疫機能への影響についてさまざまな実験を行いました。

ドイツテレビの取材を受ける李医師

 その結果、森林浴はNK細胞を活性化させるとともに、フィトンチッドが嗅覚神経を通して脳を鎮静化させ、自律神経のバランスをコントロールすることによってストレスホルモンの分泌を抑え、結果的にNK細胞を活性化することがわかったのです。つまり、これまで経験的に知られていた森林浴の良さに、科学の視点を当てることで、フィーリングからサイエンスに変わったのです。ここが海外から注目された最大の要因でしょう。

 昨年アメリカで出版された「FOREST BATHING」は、サブタイトルに「森林が貴方の健康と幸福を見出す」とありますが、これが自然回帰志向の強い米国民に受け入れられたと考えています。この本がベストセラーにランクインしたのをきっかけに、世界中に最もリスナーの多い米国ラジオ番組Voice Americaのインタビューを受けました。また、昨年4月に2週間にわたってイギリス、フランス、オランダ、スペインを訪問しましたが、目的は現地のマスコミの取材に応じるためでした。イギリスのBBCをはじめ欧州のテレビ、ラジオに出演して森林浴の健康効果を紹介したところ、予想を超える反響でした。

(つづく)
【吉村 敏】

(中)

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