許永中『海峡に立つ 泥と血の我が半生』を読む~セゾングループの堤清二に対する憤怒を赤裸々に綴る(後)
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取引当日に、堤がドタキャン
具体的な取引形態は、許と山崎社長が、福本事務所で取り決めた。買い占められた京都銀行株はアイチに一本化して、帝国ホテルの部屋でセゾンに引き渡されることが決まった。セゾンは現金で持参する。保有株は2,500万株、総額540億円。1億円のブロックが540個。現金売上輸送車やガードマンを確保した。
事件は受け渡しの当日に起きた。
一方的な通告は福本さんからもたらされた。
「永中さん、堤が、今回の話はなかったことにしてくれと言ってきた!」
「なんですって!まさか無茶な話!」
「山崎君が来て、泣くようにそう言うんだ!」
「いや、そういう問題やないでしょう。そんなことを認められるわけがない」
「山崎君もそれは充分わかっている。本人も会社を辞めるとまで言っているんだ」
「先生、(アイチの)森下さんが嫌がるなか、半分脅かして決めた話です。ご本人も300億円以上も金を出して、株を全て集めて待機しているのですよ!」
「先生、私は『言ったことは必ず実行する。した約束も必ず守る』という信用だけで、ここまで来ている男です。こんな話、どう納得できるというのですか!先生、山崎社長はなぜここにいないんですか?人を馬鹿にしてるんじゃないですか?京都銀行に対しても、森下さんに対してもどう説明できるんですか!」
(中略)
「先生、本当のところを教えて下さい。山崎社長から何か聞いているでしょう。なぜ、こんなことになったのか、はっきり言ってください」
私のただならぬ気配に、隠しようがないと思ったのか、福本さんは苦々しい表情を浮かべながら、観念したように口を開いた。
「本当に貴方には言いにくいことなんだが、原因は貴方なんだ」
「私ですか?」
「いや、貴方そのものがということじゃないんだが、貴方のことなんだ」
許永中の在日という出自、フィクサーという生き方を堤が嫌ったということだ。許は「悲嘆と怒りに震えた」と書く。
許が、セゾンのピサから絵画を買い上げて、セゾングループに入り込み、西武百貨店塚新店を絵画鑑定書偽造の舞台にしたのは、土壇場でドタキャンして恥をかかせた堤清二に「落とし前」をつけたのではなかったのか。
堤清二が、許永中に食い物にされたピサ事件について沈黙を貫いたのは、約束を裏切ったことに対する弱みがあったからかもしれない。それが、許永中の自伝を読んだ読後感だ。
(文中敬称略、了)
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