2024年12月23日( 月 )

醜悪すぎる裁判~ある株主権確認訴訟(前)

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 一代で多数の企業群を経営しバブル時代に成功の絶頂にあった1人のワンマン経営者が妻と2人の子を残してこの世を去った。晩年には多くの経営事業が破綻し、多額の債務の支払いに追われた。残された財産はゴルフ場運営会社「(株)ザ・クイーンズヒルゴルフ場」のみとなった(関連記事:曖昧な株式管理が生んだ名門ゴルフクラブの経営権争い(前))。事件はこの会社をめぐって発生した。

事件の本質

 通常、株主権確認訴訟は小規模閉鎖会社の市場性のないいわゆる未公開株式をめぐって発生する日本特有の株式会社訴訟である。実態は個人企業であるが法形式を株式会社としているため、会社の財産価値を表象する株式が何らかの理由で移転された場合、その法的手続と実際の当事者の法的熟練性の乖離によって発生する紛争形態である。

 典型的な例が、通常、小規模閉鎖会社の定款には株式の譲渡制限規定が存在し、譲渡には取締役会の承認が必要だが、その手続が懈怠されたことで発生する。懈怠の原因は取締役会のもともとの形骸化であったり、実質的な不存在や内紛が理由である。

 しかし本件はそのような紛争実質をもたない。株式の実質的な移転・第三者への移転とそれにともなう売買代金の移転が存在しないからである。その証拠は原告が1人株主会社のワンマン社長の長男であり、被告はワンマン社長が残した会社だからである。

 つまり、相続人の1人が相続財産である会社を訴えたもので、その実質は相続財産の帰属をめぐる紛争、すなわち遺産相続紛争である。しかし奇妙なことに、被告会社の代表取締役はおろか取締役にさえ残りの2人の相続人の名前はない。一体どのようにしてこの奇怪な現象は生まれたのか。

 しかも本件株式の譲渡にはまったく意味不明の株券の発行がともなっている。通常、未公開株式を第三者に譲渡する場合には、第三者は株式を表象する株券の交付を求める。そのためには会社は株主名簿を作成し、株券の種類と株券番号と株主の氏名を株主名簿に登載する。

 本件被告会社は定款では株券発行会社となっているが、会社設立以来、一度も株券発行をしていなかったところ、今回の事件発生に符合したかのように奇妙な株券の発行が行われたとされる。「行われた」と断定できない理由は、そもそも被告会社には株券発行以前の問題として株主名簿作成の事実が存在しないからである。被告会社には当初から顧問弁護士が存在した。

 なぜ、このような法的不備が放置されたままで事業が継続されたのだろうか。裁判においても、株主権の争いであるから、いの一番に重要証拠資料として株主名簿が提出されていなければならない。当然、不存在である。これでまともな裁判が遂行できるのだろうか。

 この顧問弁護士による法的不備の放置の最大の悪行が、本件被告会社に相続人の1人として取締役、代表取締役に就任していない事実である。

 さまざまな奇妙な事実の交錯するなかで本件裁判は開始された。以下、裁判資料で明らかとなった具体体な不可解事実を指摘する。

被相続人の死

 ワンマン経営者であった被相続人には3つの死が存在した。1つは生物学的死であり、2つ目は企業経営者としての死である。後者の死は疾病や老衰などにより経営判断力を喪失した時点である。本件被相続人には特殊な事情として、それ以前に経営者としての死が存在したものと考えられる。それが、会社経営の全般を顧問弁護士に実質的に委託した時である。

 本来なら顧問弁護士として被相続人が第二の死を迎えたとき、相続人3名に株式を相続分どおりに分配させ、会社経営の交代、経営事業の円滑な承継を完成させるべきであった。しかしすでに被相続人から経営全般の権限を実質的に移譲されていた顧問弁護士は、一切必要な事業承継の手立てを何もしなかった。これが、被相続人が死亡した後にも被告会社の取締役の交代が行われなかった理由である。

 通常なら、被相続人が生物学的死を迎えた場合、当然、被相続人が有した株式は相続人に法定相続分に応じて相続されるのであるから、相続人全員による株主総会を開催し、新たな取締役を選任し、取締役会が代表取締役を選任して新しい経営陣となる。この正しい適切な法的手続きを顧問弁護士は一切行わなかった。しかし、裁判では被告会社株式は被相続人の死亡時まで一貫して被相続人による1人株主であった旨主張した。明らかな実際の行動と言動の矛盾である。

不可解な株式譲渡

 被相続人はいまだ事理弁別の能力があった時点で、迫りくる債権者による個人財産への責任追及に対して、保有する被告会社の株式を相続人に移転した。無論、これは親族間の移転であり、売買の実質は存在しない。名義だけでの変更であっても、債権者の追及を時間的に遷延させられると考えた苦肉の策である。名義変更の概略は当初、2人の息子に200株づつ移転させたが、次に妻へ合計400株全株を移転させた。

 移転経路を複雑にすることも、追及の困難性を増加させる。場合によっては善意取得の抗弁で追及を遮断できる。悪知恵であるが、必死であったろう。ここまでは被相続人の意思による移転であるから、当事者間でも争いがない。

 問題は、この妻の保有する名義だけの保有株式が全株、400円の代金で長男の原告に移転されたとされる事実である。それを示す株式売買契約書も存在する。さらには、なぜ発行されたか不明の、株主名簿の裏付けのない株券も同時に妻は保有しており、その株券も妻から長男に交付された。

 この交付の際に長男と妻との間に交わされた会話が、「お母さんがもっていてもしかたがないだろう」というものであったことが記録に残されている。

(つづく)
【凡学 一生】

(後)

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