2024年11月05日( 火 )

芸術のパトロン、ベネッセが“政商”に変質する時~個人情報流出事件と「プロ経営者」原田泳幸氏の改革失敗が転機(後)

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「プロ経営者」原田泳幸氏にビジネスモデルの転換を託す

 メセナ(文化・芸術の支援)活動に軸足を移すため、總一郎氏は一度、経営の第一線を引いた。ソニー出身の森本昌義氏を社長に招いたが、社内での男女問題が週刊誌に取り上げられ辞任に追い込まれた。

 09年、持株会社体制に移行、商号をベネッセホールディングス(HD)に変更。ベネッセコーポレーションなど事業会社を傘下に置いた。總一郎氏は会長に就き、社長に生え抜きの福島保氏を起用したものの、業績停滞を打破できなかった。

 14年6月、アップルコンピュータ、日本マクドナルドで「プロ経営者」として辣腕を評価されている原田泳幸氏を社長兼会長に招いた。總一郎氏にしてみれば「最後の切り札」だったにちがいない。總一郎氏は同年6月の株主総会で会長を退任。最高顧問の肩書きは残ったが、経営からは手を引いた。

 原田氏が福武總一郎氏から招かれたのは、ビジネスモデルを転換するためだ。ベネッセは中高生向け通信添削講座「進研ゼミ」を柱に成長を続けてきたが、13年から変調をきたした。2年あまりで会員数が40万人も減り、14年4月時点で365万人まで落ち込んだ。

 通信教育業界は、タブレット端末を利用した学習が人気だ。学研エージェンシーの「学研iコース」、ジャストシステムの「スマイルゼミ」などは専用タブレットがある。これらタブレット学習に流れたことが、会員数が減少した原因だ。そこで、原田氏は通信教育講座「進研ゼミ」に替わる新しい教育ビジネスモデルへの転換を図る。

「プロ経営者」原田氏は就任2年で去る

 原田氏には不運がつきまとった。会長兼社長に就任直後の14年7月、子会社のベネッセコーポレーションの通信講座「進研ゼミ」の個人情報の漏洩事件が発覚した。流出した個人情報は国内過去最大級の約3,500万件にのぼった。原田氏が描いたベネッセの再建プランは、出足から躓いた。

 個人情報流出事件はベネッセを痛打した。14年4月に365万人だった会員数は、7月の会員情報の流出を受け、かき入れ時の新学期の商戦でも敗れ、とうとう15年4月の会員数は271万人にまで落ち込んだ。1年間で94万人減った勘定だ。16年4月にはさらに243万人まで減少した。

 原田氏が肝入りで進めてきた進研ゼミのデジタル化にも、誤算があった。紙の教材とタブレットを活用するデジタル教材を組み合わせた「進研ゼミプラス」を始めたが、当初見込んでいたほど会員を獲得できなかった。

 15年3月期と16年同期は2期連続の赤字。原田氏は16年6月、経営責任を取って辞任した。退任会見では、「個人情報漏洩のインパクトは想定以上に大きかった」と、自分が就任以前に起きた情報漏洩で辞めざるを得なくなったことに無念さをにじませた。

2人目の「プロ経営者」安達氏のベネッセ改造計画

 オーナーの福武總一郎氏が、次にスカウトしたのも「プロ経営者」だった。原田氏が去ったため、福原賢一氏をワンポイントリリーフに、16年10月、安達保氏が社長に就いた。三菱商事出身で、マッキンゼー・アンド・カンパニー、GEキャピタル・ジャパンを経て、米投資ファンド、カーライルグループの日本法人会長を務めていた。数々の企業再建を手がけてきたプロ経営者だ。

 安達氏は、大学入試改革をベネッセ再生の柱に据えた。従来のセンター入試に代わる大学入試の英語民間試験は、下村氏が文科相時代の14年12月に方向性が打ち出され、3年後の17年に導入することが決まった。

 大学入試センター試験は20年1月に廃止され、21年1月から新テスト「大学入学共通テスト」に移行する。国語と数学に記述式の試験も取り入れる。

 安達氏は、大学入試改革に備えた体制を強化した。17年5月、学力評価研究機構を設立。新たに始まる大学入学共通テストの記述式(国語・数学)の採点業務を請け負ったことは前に述べた。

 英語民間試験の最有力候補である「GTEC」の高校での採用に力を入れた。「GTEC」の19年3月期の受験者数は126万人。前年より23万人増えた。英語民間検定試験が導入されれば、さらなる増加が見込まれるとソロバンを弾いたわけだ。

 ベネッセの中期経営計画は、21年3月期にグループ売上高5,000億円にする目標を掲げた。19年3月期の実績は4,394億円である。計画では「教育・入試改革への迅速な対応で成長を実現」。「大学入学共通テストの民間英語4技能検定の1つに『GTEC』が採用されたことは非常に大きな転機」と期待を寄せている。

 全国規模で試験できる業者はベネッセしかいない。ベネッセを活用して大学入試を改革したい文教族=文科省と、生き残りを賭けて国との関係を深めたいベネッセの思惑が一致した。新制度が始まれば、ベネッセの一人勝ちと見られてきた。

 だが、政治家とベネッセの癒着が表面化して、ベネッセには逆風が吹きつける。個人情報漏洩事件に匹敵する暴風雨である。安達保社長は、どう乗り切るか。「プロ経営者」の腕の見せどころである。

(了)
【森村 和男】

(前)

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