ようやくはじまった「津久井やまゆり園殺傷事件」裁判の意味するもの(後)
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大さんのシニアリポート第85回
「子どもたちをかわいがり、小学校の教師を夢見ていた」1人の若者を、「ヘイト殺人鬼」に豹変させた動機は何だったのだろうか? ノンフィクション作家の柳田邦男さんは、「朝日新聞」(2020年1月9日)で、「社会に古くから存在する優生思想や障害者への差別・偏見の延長線上にこの考えが生まれてきている。ハンセン病者の隔離政策や、旧優生保護法の下で行われた障害者の強制不妊手術など、私たちの社会は差別を制度化し、被害を生んできた。そうした中から植松被告は出てきた存在だ」と述べている。
「仮想的有能感」という言葉がある。これは「いかなる経験も知識も持ち合わせていないにもかかわらず、自分は相手より優秀であると一方的に思いこんでしまう錯覚のこと」(心理学者速水敏彦氏の造語。『他人を見下す若者たち』講談社現代新書より)で、植松被告などのように比較的若い人が抱くことが多いとされている。
「(植松聖に)『ヒトラーの思想が2週間前に下りてきた』と発言していたという。ヒトラーは命に優劣をつける優性思想から、心身障害者約20万人を殺害したとされる」(「朝日新聞」同年7月29日)。「障害者の安楽死を国が認めてくれないので、自分がやるしかないと思った」「障害者はいらないから殺したいのに、政府が許可してくれない」(同2016年8月16日)という植松聖容疑者の実に身勝手な差別意識。ヘイトクライム。
しかし、ヘイトを単純に「憎悪・反感・嫌悪」という意識として考えた場合、「今も施設を出る際、反対されることもある。『車椅子で散策する姿すら見たくない』といわれたことも」(「全国手をつなぐ育成会連合会長久保厚子氏談(同2016年8月5日)という。
重度な知的障害者のニュースが流れると、チャンネルを代える友人がいた。「可愛そうだ」というが、疎ましく思っていることも否定しない。潜在的に「異質の人たち」として忌避する人たちも存在する。‘ヘイト’とはそれを「口に出していうかどうか」だけではない。
犠牲になった被害者の名前を、「甲A」「乙A」と呼ぶ。フルネームか匿名しか認められていない。被害者に配慮したという裁判所の意見なのだが、事件の犠牲者になった女性(当時19歳)の母親が手記を公開し、女性の名前が「美帆」さんだったことを明かし、写真まで公表した。
「美帆は一生懸命生きていました。その証を残したいと思います▼それでも姓や住所は明らかにできない。誰かに危害を加えられる恐れが拭えないからだ。今後の公判で多くの被害者が匿名とされるのも、さらに差別を加えられるのを遺族らが恐れたため。そんなふうに思わせてしまう社会がある」(「朝日新聞」2020年1月9日『天声人語』より)。
日常に蔓延する差別。公営住宅に住む筆者が、高級住宅街に住む男性から、「あなたは作家でありテレビをはじめマスコミにも登場する有名人ですが、あなたは公営住宅に住んでいることを忘れずに」といわれたことがあった。
また、運営する「サロン幸福亭ぐるり」(高齢者の居場所)の女性常連客(高級住宅街在住)が、車いすの女性に向かって「障害者が来るところじゃないのよ」と叱責したことを他の常連客から聞いた。ヘイトすることでしか自己完結的コミュニケーションをとれない哀れな人たちがたしかにいる。この裁判の判決は3月に予定されている。注目したい。
(了)
<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』(平凡社新書)など。関連キーワード
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