新型コロナウイルスの蔓延と米中貿易「第一段階」合意の行方(1)
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国際政治経済学者 浜田 和幸 氏
新型コロナウイルスが猛威を振るうなか、米中両国は1月15日、包括的な貿易協定の第一段階と双方が位置付ける合意に署名した。合意文書には、中国の企業および政府機関による米国の技術と企業機密の窃取に対し中国側が取り締まりを強化するとの公約や、対米貿易黒字の縮小に向けた中国による追加購入計画の概要などが盛り込まれている。真の対立点である技術覇権争いは先送りとなったかたちだ。
交錯する米中の駆け引き
中国最大・最長の揚子江の要ともいえる武漢で発生した新型コロナウイルスは変異を繰り返し、感染者も死者も拡大する一方である。発生源については野生動物のコウモリ説もあれば、汚染の進む揚子江で捕れた魚介類説もあり、いまだ特定に至っていない。
SARSやAIDS、はたまた豚コレラとの類似性も指摘されるなか、生物化学兵器が使用されたのではないか、といった陰謀説も賑やかだ。当然、その背景には急成長を遂げる中国を脅威と見なすアメリカが絡んでいるという見立てである。
とはいえ、習近平国家主席とトランプ大統領は緊急電話会談を行い、事態の収拾に向けて協力することで合意した。習主席は今回のウイルス蔓延について、「人民戦争である」と宣言。国家を挙げてあらゆる手段を行使し、その早期終息を図ると述べた。それを受け、トランプ大統領は「習主席は立派な強い指導者だ。この戦いには必ず勝利するだろう。アメリカは援助を惜しまない」と、以前とは打って変わった融和的な対応であった。
しかも、ポンペオ国務長官を通じて「ウイルス対策のために1億ドルの支援を行う用意がある」とまで踏み込んだ。その背景には、大統領選挙の年を迎え、有権者の農民票を確保するためには、「2,000億ドル相当の農産品を輸入する」と約束してくれた中国が新型コロナウイルスの影響で経済が鈍化し、約束した輸入ができなくなることを避けたいとの思いが隠されている。
先の合意文書には、「大規模な自然災害や病原菌の蔓延などの突発的事態が発生した場合には約束事項は免除される」との項目がある。トランプ大統領とすれば、何としても中国からの輸入拡大で農民票をつなぎ留めたい思いが強い。中国は今回のコロナウイルス騒動が発生した後も、ブラジルからのトウモロコシや小麦などの農産品の輸入拡大を続けており、財政的には問題はなさそうだ。
とはいえ、豊作続きのブラジルはアメリカよりはるかに好条件を提示していることもあり、トランプ大統領は多少高い値段でも中国がアメリカ産の農産品を約束通りに輸入してくれるように念を押したかたちであった。それに対し、習主席は「約束を守る」と述べたと同時に、アメリカが「ウイルス感染の恐れ」を理由に中国人の入国を制限していることに対して、「緩和措置」を要請し、さらには「制裁関税の撤廃」も要請したという。まだまだ駆け引きは続きそうだ。
関税合戦は一時中断
そこで、改めて、去る1月15日に署名された米中合意の「第一段階」文書の中身を検証しておきたい。実は、そこには双方が勝利宣言できるようにするため、本質的な対立点(すなわち、今後の火種)は意図的に外されていた。そのため、表向きには「“関税合戦”という報復の応酬」には、ひとまず歯止めがかかったようだ。
IMF(国際通貨基金)が警鐘を鳴らしていたように、「このまま米中貿易戦争が続けば、2020年後半には世界が深刻なリセッションに陥る」リスクもあったわけだが、両国がようやく合意文書に署名できたことで、米中のみならず世界経済が体制立て直しのチャンスを手にすることができたといえよう。
実際、両国は2月に実行する予定であった関税の引き上げを中止することにした。2月14日には中国はアメリカからの輸入品への制裁関税を10%から5%に、そして一般関税も5%から2.5%に引き下げることも発表した。米中双方とも経済関係の改善に向けて動かざるを得ない状況に置かれているといえよう。
しかし、安心はできない。なぜなら、アメリカが意図する「中国の先端技術の押さえ込み」と中国がもくろむ「先端技術(AI、5G、サイバー)による世界制覇」をめぐる対立構造は温存されたままであるからだ。21世紀後半に向けての主導権争いの行方を左右するわけで、この技術覇権争いこそが米中の真の対立点であり、今後も一層過熱するに違いない。
1月15日の合意文書の署名式において、トランプ大統領は「アメリカによる関税強化政策が成功し、かつてない譲歩を中国から引き出した。これは史上最大の契約署名だ」と自画自賛。一方、中国の劉鶴副首相は習主席のメッセージを読み上げ、「中国がアメリカと合意したことで、世界レベルで貿易の自由化が保証された」と、中国の貢献ぶりをアピール。
加えて、「この合意の内容はアメリカ以外の貿易相手国にも適用される」と述べ、中国が日本などと進める世界最大の自由貿易協定RCEP(東アジア地域包括的経済連携)への波及効果にも含みをもたせた。昨年12月に中国の成都で開かれた日中韓首脳会議でも、李克強首相は「自由貿易の維持は中国の考え方で、世界の平和にとっても有益だ」と述べていた。「アメリカ・ファースト」に邁進するアメリカとの違いを強調しようとする中国の思惑が読み取れる。
(つづく)
<プロフィール>
浜田 和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。最新刊は19年10月に出版された『未来の大国:2030年、世界地図が塗り替わる』(祥伝社新書)。2100年までの未来年表も組み込まれており、大きな話題となっている。関連キーワード
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