2024年11月22日( 金 )

新型コロナウイルスの蔓延と米中貿易「第一段階」合意の行方(3)

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国際政治経済学者 浜田 和幸 氏

 新型コロナウイルスが猛威を振るうなか、米中両国は1月15日、包括的な貿易協定の第一段階と双方が位置付ける合意に署名した。合意文書には、中国の企業および政府機関による米国の技術と企業機密の窃取に対し中国側が取り締まりを強化するとの公約や、対米貿易黒字の縮小に向けた中国による追加購入計画の概要などが盛り込まれている。真の対立点である技術覇権争いは先送りとなったかたちだ。

米中「第一段階」合意を検証

 では、今回、トランプ大統領が「怪物のような巨大な、そして美しい取引」と強調した米中「第一段階」合意の内容を検証してみたい。

 結論からいえば、2年前にすでに基本的な合意が形成されていたものばかり。それゆえ、大統領選挙の年に突入し、弾劾裁判にも直面したトランプ大統領が「再選に向けての狼煙」を派手に打ち上げるために、何としても「強い交渉力の持ち主」としての成果を誇示する必要に迫られた「かさ上げ」のたまものと言わざるを得ない。

 これは中国にとっても同様で、国内経済が停滞局面に入り、「2020年以内に農村部の貧困をなくす」と宣言してきた習主席にとっては「アメリカとの通商摩擦は何としても回避せねばならない最大の政治経済的な課題」であった。そのため、中国製品への関税は大半が維持されるという内容ながら、アメリカからの輸入を大幅に増やすということに合意したのである。要は、双方の思惑が一致した「2年間に限った暫定的な合意」にすぎない。

 しかし、一時期、「米中新冷戦の勃発か」とまで危惧されたことを思えば、そうした最悪のシナリオが当面回避されたことは世界にとって歓迎すべき事態であろう。トランプ大統領は以前の「敵視」発言とは打って変わって、「習主席は偉大なリーダーだ」と持ち上げ、中国の面子を保つことに腐心した。

 これまで習政権の推進する「中国製造2025」をアメリカにとっての最大の脅威と見なし、「中国はアメリカの技術を盗んできた」「5Gを進めるファーウェイはアメリカや世界からさらなる情報を盗もうとしている」等々の理由で、アメリカ政府は中国批判を繰り返してきた。しかし、トランプ政権の下で加速してきた対中関税強化策はアメリカ国内に深刻な事態をもたらすことになった。

 トランプ大統領は認めようとしないが、中国製品に25%もの高い関税が課せられた結果、アメリカ国内の一般消費者も中国製品を輸入してきた製造業者も大きな負担を強いられることになった。アメリカの小売業は中国から輸入した日用品を平均10倍の価格で販売し、大きな利益を積み重ねてきた。たとえば、3ドルで仕入れた中国製のTシャツを30ドルで売るのが通常であった。そうした「おいしいビジネス」がトランプ大統領の高関税で成り立たなくなってきた。

 チェースバンクの分析では、「アメリカの家計では平均1,000ドルの消費が落ち込んだ」。加えて、IMFやムーディーズの見通しによれば、「米中の貿易合意が得られない場合には、19年末にはアメリカで45万人が職を失う」とまで悲観的な状況が生まれていた。それゆえ、全米商工会議所を始め各種業界団体からは「中国との通商関係の改善」を求める陳情が相次いで出された。トランプ政権も中国締め付け策が自らの首を絞めていることにようやく気付いたのであろう。

 また、中国が大豆やトウモロコシなど農産品の買い付け先をアメリカからブラジルなどに変更したため、アメリカでは1万2,000を超える農家が倒産。その救済のためにトランプ政権は過去2年間、毎年280億ドルの追加補助金の支出を余儀なくされ、国家予算の赤字額は1兆ドルを超え、累積の財政赤字は23兆ドルを突破した。

 とはいえ、中国にアメリカ産農作物の大量輸入を約束させたことは「農業票を確保」するうえで、トランプ大統領にとっては自慢の種であろう。「今後2年間で2,000億ドル分を輸入させる」とのこと。しかし、中国は18年の時点で「今後5年間で1兆ドル分のアメリカ産の物品やサービスを追加で購入する」と提案していた。ということは、今回の合意は年度ごとの輸入額で比較すれば、2年前の提案とまったく同じということだ。この2年間の交渉は一体何だったのか?

(つづく)

<プロフィール>
浜田 和幸(はまだ・かずゆき)

 国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。最新刊は19年10月に出版された『未来の大国:2030年、世界地図が塗り替わる』(祥伝社新書)。2100年までの未来年表も組み込まれており、大きな話題となっている。

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