【シリーズ】生と死の境目における覚悟~第3章・「尊厳死」とは(後)
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運営する「サロン幸福亭ぐるり」(以下「ぐるり」)で、新年をはさみ2件の常連客を亡くした。1人は82歳の男性Sさんで、死因は血液のガン。もう1人は77歳の女性Eさんで、喉に食べ物を詰まらせたのが原因。
突然の訃報に来亭者の多くが呆然とするありさま。Sさんは子どもに先立たれ、最愛の妻も数年前に亡くし、親戚とのつながりも希薄だった。それをサポートしたのが同じ棟に住む女性と「ぐるり」の常連。Eさんはステージ4の癌で闘病中の夫を献身的に支えてきた。1人残されたご主人の落胆ぶりは傍目にも気の毒なくらい落ち込んでいる。「生と死の狭間」に潜むものは…。
介護の現場でも、妻が通う施設ではさまざまなトラブルが日常的に起きている。「介護職員の数の不足ばかりが問題ではない」と妻は話す。
介護職員の介護力と質の低下。スキルも考え方も行動も、「介護職に不適切な人」が多すぎるからだという。介護職員不足から、誰でも構わず採用し、即日から現場で働かせる。妻のように介護福祉士の資格所有者と初心者との時給にさほどの差がない。
「週3日勤務」という契約が、いつのまにか「週5」になり、膝を痛めても、責任者は「手を合わせて懇願」するばかり。経営者は利益のみを追求するあまり、利用者目線での経営を放棄し、切り詰めた経営に方向転換。現場はさらに混乱し、その付けはすべて介護職員と利用者に重くのしかかる。それほどまでに運営する側が追い詰められている「あなたが唯一実行可能な選択肢は‘辞めること’」といっても、責任感の強い妻は、苦しい顔をするばかりだ。
介護現場でおきるのは事故ばかりではない。「事件」も少なくない。4年前に老人ホーム「Sアミーユ川崎幸町」で、介護職員のIが3人の入所者を階段から突き落とすという事件を起こしている。理由は入所者3人から金品を盗みとがめられたからだ。根底にあるのは、Iがもつ「仮想的有能感」(「いかなる経験も知識も持ち合わせていないにもかかわらず、自分は相手より優秀であると一方的に思いこんでしまう錯覚のこと」(心理学者の速水敏彦氏の造語)である。
「施設に入るような人間は、社会的に生産性をもてない人生を終えた人たち。役立たずの人間を処分して何が悪い」という強い思い込みである。これは4年前の7月に起きた「津久井やまゆり園45人殺傷事件」の犯人Uの「障害者は不要」と考えと同じだ。家族間でも同居人の放棄や虐待する‘事件’が絶えない。
「埼玉県によると、2014年度に家族から虐待を受けた高齢者は623人だった。生命や体に危険がおよぶなどとして、家族から引き離す措置をとったのは292人にのぼった」「『認知症日常生活自立度』をみると、『自立度Ⅰ』『自立度Ⅱ』で半数近くを占め、比較的軽い症状の高齢者が虐待を受けている状況がみられた。
虐待の種別をみると、身体的虐待が最も多く、全体の50.3%を占める。心理的虐待が26.8%、介護・世話の放棄が12.0%と続く」(「朝日新聞」2016年3月2日)と報告している。認知症の高齢者を介護する家族からの暴力が多い。「介護していた母親を殺した」(同平成28年9月21日)では、介護に不安を抱えていた被告が母親を絞殺。「犯行時心神耗弱状態だった」として、懲役3年保護観察付き執行猶予4年の判決が降りるという介護殺人事件も起きている。
元高級官僚の父親が、昨年、息子の暴力に絶えかね絞殺する事件も起きた。本人が望まない病院での死、本人の意志に反する葬儀、残された財産の分与で揉める家族…。私自身、故郷にある墓の改葬のことで、菩提寺の住職と揉めている。「家族関係が希薄になった」だけではかたづけられない問題が山積している。作家南木佳士が模索した「尊厳死」「安楽死」も結論を先送りされたままだ。
(了)
<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』(平凡社新書)など。『【シリーズ】生と死の境目における覚悟』の記事一覧
・【シリーズ】生と死の境目における覚悟~第3章・「尊厳死」とは(前)
・【シリーズ】生と死の境目における覚悟~第2章・肉親を「看取る」ということ(6)
・【シリーズ】生と死の境目における覚悟~第2章・肉親を「看取る」ということ(5)
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