2024年12月26日( 木 )

緊張高まる朝鮮半島~金与正の目論む北朝鮮ビジネスの可能性(前)

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国際政治経済学者 浜田 和幸 氏

 朝鮮半島では南北の対立が急速に激化している。韓国で活動する脱北者団体が北朝鮮に向けて飛ばした金正恩体制を批判するビラや救援物資を積んだ風船に猛反発した北朝鮮は開城にある「融和の象徴」南北共同連絡事務所を爆破するという強硬手段に打って出た。さらには、韓国との国境線における軍の配備や訓練の再開を始めるとも宣言した。

一触即発の事態も

 北朝鮮がこれほどまで強硬な対応を見せたのには理由があろう。実は、ビラの中身がかつてないほど金一族を誹謗中傷するものであったからだ。すなわち、「金正恩は不倫の子で、父親の金正日は旧ソ連の野戦病院生まれ」。はたまた、金正恩の妻である李雪主が側近男性と裸で寝転がる合成写真も含まれていたという。

 これには北朝鮮側も怒り心頭に発したに違いない。これまでの南北融和の路線が覆ることになった。「目には目を歯には歯を」ということで、北朝鮮は韓国で活動する脱北者や文在寅大統領を批判する大量のビラを韓国に向けて飛ばす準備を加速させているようだ。

 このままでは一触即発の事態も起こりかねない。周辺国にとっては実に由々しき事態である。日本政府は「重大な関心をもって、事態の推移を見守っている」というのが精一杯だ。というのも安倍政権の下では「政治生命を賭ける」と位置付けてきた拉致問題の解決すら“絵に描いた餅”に終わっており、ましてや北朝鮮の暴発を防ぐ秘策などは期待できないからである。

 とはいえ、アメリカ主導の国連による経済制裁を受け、北朝鮮の経済が厳しさを増していることは疑いの余地がない。そこに追い打ちをかけたのが新型コロナウイルスである。北朝鮮は1月の時点で中国との国境を封鎖し、「コロナの感染者も死者もゼロだ」と豪語している。医療体制や衛生状態に問題を抱えている北朝鮮においては、あり得ないことであろうが、それ以上に深刻なのは中国との物流を中断したことであろう。

 なぜなら、北朝鮮にとって必要な物資の95%は中国から輸入していたからだ。輸入品は大豆油を筆頭にタバコの葉、小麦粉、砂糖、薬品など、日常生活に欠かせないものが多い。その結果、首都平壌においてすら政府からの食料の配給が滞っているとのこと。ましてや地方都市や農村部においては食料危機の様相を呈しているとの観測がもっぱらである。

強硬な発言を繰り返す金与正

 北朝鮮の国営テレビは若い女性のレポーターを使って、YouTubeでの英語配信を始めた。それを見ると、平壌のスーパーマーケットには商品が溢れており、遊園地でも家族連れで楽しむ人々でにぎわっている様子が紹介されているが、残念ながら「やらせ報道」としか思えない。

 いずれにせよ、今回の「風船爆弾」騒動が引き金となり、南北の緊張関係はかつてないほど高まっている。注目すべきは、南北共同連絡事務所の爆破にとどまらず、開城工業団地の破壊や南北軍事合意の破棄にも言及していることである。とくに前者は実質的に南北経済交流の現場であり、双方にとってメリットを生む「金の卵」であった。それすら「必要ない」とする強硬な姿勢は単なる強がりを超えた怒りを感じざるを得ない。

 その怒りの矛先は韓国の文在寅大統領であり、アメリカのトランプ大統領であろう。金正恩委員長にとっては「文在寅とも3回、トランプとも3回、首脳会談を重ねたにもかかわらず、何ら改善も進展もない。俺を舐めるのもいい加減にしろ」ということに違いない。しかも、そうした強硬な発言を兄に代わって次々に繰り出すのは妹の金与正なのである。言わずと知れた労働党中央委員会第一副部長で、現体制下の実質的なナンバー2だ。

 どうやら、金正恩本人は健康状態が今1つ思わしくないようで、最近は公の場に登場する機会がめっきり減っている。とはいえ、もともと父親の金正日総書記に「政治家にもっとも向いているのは末娘だ」と言わしめていた金与正である。音楽ざんまいで弱気の長男や異常な肥満体質で病気持ちの次男に比べれば、金王朝を継承する「期待の星」といえそうだ。

 そんな「未来の指導者」が力を入れているのが、経済再生に向けての秘策である。アメリカにおける朝鮮問題の第一人者で、一時は駐韓アメリカ大使にも指名されたが、トランプ大統領とそりが合わず辞退したビクター・チャ博士曰く「金正恩委員長が唯一信頼しているのが金与正である。彼女が独自の政策を立案、実行できるように支援体制を組んでいる」。

(つづく)


<プロフィール>
浜田 和幸(はまだ・かずゆき)

 国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。最新刊は19年10月に出版された『未来の大国:2030年、世界地図が塗り替わる』(祥伝社新書)。2100年までの未来年表も組み込まれており、大きな話題となっている。

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