「新型コロナ」後の世界~健康・経済危機から国際政治の危機へ!(4)
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東京大学大学院法学政治学研究科 教授 小原 雅博 氏
新型コロナウイルスはイデオロギーもルールも関係なく、国境や民族を越えて人類を襲った。そして今、コロナ危機は健康、経済から国際政治や外交、安全保障の領域にまで拡大している。
東京大学大学院教授の小原雅博氏は近著『コロナの衝撃―感染爆発で世界はどうなる?』(ディスカヴァー携書)で「危機はこれまでは、国家や民族意識を高めてきたが、今の私たちは監視社会でない自由で開かれた社会を築くと同時に、感染症に屈しない強靭な社会を築かなくてはいけない」と述べている。小原氏に新型コロナ後の世界について語ってもらった。資本主義国がしっかりしないと壊れる国際秩序
小原 中国は西側の自由資本主義モデルとは異なる「国家資本主義」モデル(※1)によって目覚ましい発展を遂げてきました。2008年のリーマン・ショックによる世界金融危機では、4兆元の財政出動により危機を速やかに脱し、世界経済を牽引しました。もちろん、その後遺症である債務の問題には今も苦しんでいますが、「中国の1人勝ち」ともいえる経済的成功は否定できません。
一方で、日本を始め先進諸国の多くが経済的苦境に陥っています。この世界的な構図により、中国は民主主義国家でなくても、経済を発展させ、海外からの投資も受けることができ、国が豊かになることができるという事実を生み出し、中国共産党と国民に自信を与えているのです。
さらに、今回の新型コロナ感染症の対応でも、米国の惨状を見るにつけて自らのガバナンスに自信をもち、香港でも反転攻勢に出て、北京の統制を強める「香港国家安全維持法」を施行しました。欧米や日本のメディアは、香港の「一国二制度」が形骸化すると警鐘を鳴らしていますが、欧米の企業は「民主主義や自由がないからといって、巨大な中国市場を放棄するだろうか。香港を離れる人々や企業は少数だろう」と考えている節があります。
自由や民主主義の鏡となるべき西側諸国がしっかりしなければ、第2次世界大戦後に、アメリカが主導してつくり上げた、自由や民主、人権の尊重、法の支配といった普遍的価値に基づく国際秩序が瓦解しかねません。
現在の「香港問題」は、米中がぶつかり合う最前線ですが、一国二制度の下での自由を失った香港は今後も引き続き欧米や日本の企業を引き寄せて、世界の金融センターとして繁栄するのか。『日本経済新聞』(7月14日)によると下記のように、在香港の米国企業183社のうち、78%が「国家安全維持法」に懸念を示したといいます。
在香港米国商工会議所は7月13日、「香港国家安全維持法」の施行後に調査したアンケートの結果を公表した(在香港米国企業183社が対象)。
それによると、78%が国家安全維持法に懸念(うち41%が非常に強い懸念、37%が若干の懸念)を示した。「個人的に香港を離れるか」という質問に対しては、7%が「近いうちに離れる」、48%が「中長期的に離れる」と回答した。
また、前回調査では「個人的に香港を離れるつもりはない」という回答は62%であったが、今回は48%に低下した。全体としては「引き続き様子見」という回答が67.8%と最多であった。
同法のビジネスへの影響に関しては、49%が「ネガティブ」と答え「ポジティブ」は13%にとどまった。主な懸念として「対象や法執行があいまい」「司法制度の独立性」などがあがった。56%が「想定より厳しい」と回答し、条文や運用に懸念を深めている。「見えざる党の手」がある中国経済
――12年に、『チャイナ・ジレンマ―習近平時代の中国といかに向き合うか』を出版しています。8年経ち、中国との関係にどのような変化が生じていますか。
小原 現在の米中関係は、米中間の経済相互依存の深まりという点で、冷戦中の米ソ関係とは大きく異なります。
経済体制についていえば、ソ連は中央統制の計画経済体制で、市場経済は存在しませんでした。一方、中国は「中国の特色ある社会主義市場経済」を掲げ、社会主義体制でありながら市場経済を導入しており、政治は統制されているものの経済は自由化されています。資本主義の市場経済には、アダム・スミス氏のいう「見えざる神の手」がありますが、中国の社会主義の市場経済には「見えざる党の手」があります。鄧小平氏が市場経済を導入しました。しかし、「天安門事件」(※2)で示されたように、政治については共産党一党支配の体制を一歩も譲っていません。
※1:中国はこれを「社会主義市場経済」と呼んでいる。^
※2:1989年4月、中国共産党の改革派指導者だった胡耀邦・元総書記の死去を追悼する多数の学生や市民が北京の天安門広場に集まり、民主化を求める大規模な運動に発展した。鄧小平氏ら党指導部は運動を「動乱」と断じ、同年6月3日夜~4日未明にかけて軍を投入して民主化運動を鎮圧した。^(つづく)
【金木亮憲】
<プロフィール>
小原雅博(こはら・まさひろ)
1980年東京大学文学部卒業、1980年外務省入省。1983年カリフォルニア大学バークレー校修士号取得(アジア学)、2005年立命館大学にて博士号取得(国際関係学:論文博士)。アジア大洋州局参事官や同局審議官、在シドニー総領事、在上海総領事を歴任し、2015年より現職。立命館アジア太平洋大学客員教授、復旦大学(中国・上海)客員教授も務める。
著書に『日本の国益』(講談社)、『東アジア共同体―強大化する中国と日本の戦略』、『国益と外交』(以上、日本経済新聞社)、『「境界国家」論―日本は国家存亡の危機を乗り越えられるか?』(時事通信社)、『チャイナ・ジレンマ』、『コロナの衝撃―感染爆発で世界はどうなる?』(以上、ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『日本走向何方』(中信出版社)、『日本的選択』(上海人民出版社)ほか多数。
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