壱岐市の木造4階建ビル 地域活性化、観光の拠点として定着|睦設計コンサルタント

(有)睦設計コンサルタント
一級建築士 松本隆之 氏

(有)睦設計コンサルタント 一級建築士 松本隆之 氏

 木造建築物の高層化・大規模化も珍しくなくなりつつあるが、その最初の事例となったのが、2023年1月に竣工した長崎県壱岐市の木造4階建「睦(むつみ)モクヨンビル」(以下、モクヨンビル)だ。同ビルのオーナーであり、企画・設計を行った(有)睦設計コンサルタントの松本隆之氏に、建設の理由や現状などについて話を聞いた。

一般流通材を利用

 ──日本初の4階建の木造建築物を建設することとなった経緯について、お聞かせください。

 松本 私は真似をするのが嫌いです。2019年の建築基準法改正により木造建築の規制が大幅に緩和されたことを受け、国内初の木造4階建の建設を決意しました。建築的なコンセプトの柱として、脱炭素を強く意識しました。また、木材を使い、再び植林するという「森の循環サイクル」の一翼を担う建築の在り方を追求しました。

 とくにこだわったのは、一般流通材の活用によって、普及可能な4階建モデルを構築することでした。現在、大手ゼネコンが中高層木造ビルを手がけていますが、特殊な素材や技術が使われているものが多い。一方、モクヨンビルではどこにでもある木材と金物、地元の工務店が持つ技術での建設を目指しました。周囲からは「本当にできるのか」と危ぶまれましたが、木材調達や構造計算の問題をクリアした後は、比較的スムーズに設計・建設が進みました。その結果、坪単価約90万円という低コストを実現し、RC造に比べ、コストを大幅に抑えられることを証明できました。

一般流通材を利用。内部は吹き抜けになっている
一般流通材を利用。
内部は吹き抜けになっている

    ──木材調達や構造計算の問題とは、どのようなことでしょう。

 松本 当初は、すべての木材を長崎県産材で調達することを想定していました。ところが、県内には4階建に必要になる高品質な木材、JAS材を生産する製材工場がないことなどから、宮崎県産材や福島県産材などを活用することとなりました。構造計算については、地元の長崎県や福岡県の構造設計事務所、プレカットメーカーからは「経験がない」「ソフトが対応していない」といった理由で、すべて断られてしまいました。最終的に、岐阜県の木造専門の構造設計事務所を紹介いただき、そこの社長から「これならすぐできる」と太鼓判を押されたことで、実現に向けた確信を得ました。

 実は最も難しく感じたことは、このプロジェクトは自らが施主で自由に建てられるということでした。一般的な建築物は施主の要望を受け、敷地条件などの制約をクリアしながら進めることが課題で、それをクリアしていくことに醍醐味があるのですが、そうした制約がなかったことが、むしろ難しい点となったのです。そこで、地域活性化といったハードルを自ら設けることにし、父が始めた「文化村」(同一敷地内にありレストランや温泉施設などで構成)の敷地内に、宿泊施設、カフェ、コワーキングスペースといった多機能をもたせることで、地域の観光産業に寄与し、木造の良さを体感できる木造中層建築物のショールームとしての役割ももたせました。

合理的な理由が必要

 ──徐々に中高層の木造建築物の普及が進みつつありますが、現状についてはどのように感じていますか。

 松本 施主の理解が十分に進んでいないことについて、問題意識をもっています。その原因となっているのは、提案側が施主を納得させるための“合理的な理由”を十分に示しきれていないことだと考えています。私が手がけた「壱岐葬斎場 ひなたの丘」のケースがあります。火葬場は火を扱う場所ですから、当初はRC造が絶対条件でした。ただ、私は「別れの場」である火葬場にこそ、木造の持つ柔らかな空間が必要だと考えました。そこで、火葬場がある部分は法規制に従ってRC造とし、遺族が過ごす待合スペースなどは木造にするというハイブリッド構造を提案しました。

「壱岐葬斎場 ひなたの丘」の待合スペース内部
「壱岐葬斎場 ひなたの丘」の待合スペース内部

 施主である役所の方々を説得するには、「柔らかな空間」などといった抽象的な理由だけでは不十分です。そこで私は、安全性向上とコスト削減という具体的な理由を提示しました。安全性向上については建設予定地が崖の近くで高低差があったため、建物を軽量な木造にすることで地盤への負荷を減らし、災害時の安全性を高められること。コスト削減については、木造にすることで基礎構造を簡素化でき、RC造よりも建設コストを大幅に抑えられることを説明し、設計変更が認められました。結果として、長崎建築賞を受賞するなど高い評価をいただくことができました。

低中層にチャンス

 ──たしかに「なぜ木造であるべきなのか」について、しっかりとした理由があることは重要ですね。

 松本 生コンなどの価格上昇もあり、木造のコストメリットは高まりつつあります。それでも、いまだに多くの設計者が「木造は難しい」と言います。それは、設計者の勉強不足、言い訳だと思っています。木造のメリットを合理的に説明できる設計者が今後より増えることで、これまで公共建築物が主体であった木造化が、民間でも広がっていくだろうと感じています。

 そこで重要なのが、低中層建築物において普及を目指すという考え方です。中高層建築物のニーズは大都市の中心部に限られますが、5階建以下の中低層建築物ニーズは地方都市や郊外に広く存在します。前者は大手ゼネコン、後者は地域のゼネコンや工務店、設計事務所の領域と棲み分けて考えていくべきです。どこにでもある一般流通材を使い、どこの工務店でも建てられる中低層の木造建築を普及させることです。そうすれば、地域の木を伐り地域で加工し、地元の職人が建てるというサイクルが回ることで、山は整備され、雇用が生まれ、環境も守られます。設計者だけでなく、金融機関などの理解も不可欠です。彼らが木造の付加価値を正しく評価し、融資の枠組みをつくることができれば、日本の街並みは劇的に変わるはずです。

郷ノ浦港(壱岐市)にある観光案内所も松本氏の設計で木造
郷ノ浦港(壱岐市)にある観光案内所も松本氏の設計で木造

木の持つ特性に着目

 ──モクヨンビルの竣工から3年以上が経過しました。反響はいかがですか。

 松本 おかげさまで地元の方々はもちろん、観光客の方々にも数多くご利用いただけております。ある東京からこられた宿泊者は、日頃から健康管理のために睡眠データを取っておられたのですが、「ここに泊まったときの熟睡度とリラックス度が、これまでで最高値だった」と驚いておられました。木の持つ吸放湿性や断熱性、そして香りが自律神経を整えてくれるのでしょう。現在は、壱岐に保管している30年乾燥させた対馬ヒノキの大径木を使い、睡眠に特化した宿やサウナ施設をつくる構想も進めています。

 私自身の活動の場も広がりつつあります。たとえば、鹿児島県の喜界島で進められている「脱炭素まちづくり計画」の一環として、既存の小学校体育館の建替え設計に携わっています。行政側からは、地域の人々が文化活動にも利用できる多機能な施設にしたいという要望があり、それを木造で実現するための基本設計を行いました。このほか、アフリカのコンゴ共和国の大使館の方にモクヨンビルを訪れていただいたことをきっかけに、現地でコミュニティタウンを整備する計画への参加を打診され、実際に現地に足を運びました。

 モクヨンビルのプロジェクトを通じて、とくに川上(林業など)や川中(製材業など)の関係者との関係をより強めることにつながりました。今後も地域や木材産業のサプライチェーン関係者など、さまざまな人たちとの連携を強めながら、木造建築物のさらなる普及に取り組んでいきます。

【田中直輝】

睦モクヨンビル
所在地 :長崎県壱岐市郷ノ浦町片原触407-1
規 模 :木造4階建(高さ14.65m)
敷地面積:1,801.89m2
延床面積:292.05m2
竣 工 :2023年1月30日

睦モクヨンビル

カフェやコワーキングスペース、事務所などからなる複合施設で、宿泊(3室、1人1泊5,000円)も可能。宿泊者には敷地に隣接する湯川温泉の無料利用、近隣のレストランを割引で利用できるサービスもある。

<COMPANY INFORMATION>
代 表:松本隆之
所在地:長崎県壱岐市郷ノ浦町片原触410
設 立:1980年4月
資本金:300万円
TEL:0920-47-1819


<プロフィール>
松本隆之
(まつもと・たかゆき)
1974年長崎県壱岐市生まれ。99年に熊本大学大学院工学研究科修了。住宅・非住宅問わず、数多くの木造建築を設計している。代表的な建築物に木造2階建の商業施設「壱岐チャリサービスステーション」、木造2階建の高齢者福祉施設「壱岐のこころ」、木造平屋の葬祭施設「壱岐葬斎場~ひなたの丘~」などがある。2014年と23年に日本建築学会建築九州賞入賞、24年に木材活用コンクール農林水産大臣賞、日時連建築賞優秀賞を受賞。一級建築士。

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