2024年12月22日( 日 )

世界を襲う自然災害:最大の危機は中国の三峡ダムの決壊(4)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

国際政治経済学者 浜田 和幸 氏

 世界を飲み込むかのような新型コロナウイルス感染の嵐は一向に収まる気配が見えない。その発生源をめぐってはアメリカと中国が「新冷戦」と揶揄されるほどに対立し、責任のなすりつけ合いに終始している。そして、トランプ政権は「ヒューストンにある中国総領事館は“スパイの巣窟”である。アメリカで進む感染症治療薬の開発に関するデータを盗もうとしてきた」といった理由で、閉鎖を命じるという強硬手段に打って出た。

中国が迫られる「苦渋の選択」

 このように世界各地で大雨による洪水被害が同時に発生しているのは前代未聞のこと。なかでも中国の状況は世界の株価にも影響をおよぼし始めており、習近平政権にとっては深刻である。アメリカとの貿易戦争やコロナウイルスの発生源をめぐっての非難の応酬合戦が続く中国であるが、世界最大の水力発電ダムである三峡ダムが決壊の危機に瀕していることは看過できないだろう。

 何しろ6月半ばの梅雨入り以降、中国の南部と西南部では、今日まで大雨と集中豪雨が続き、多くの河川が氾濫。その結果、31ある省のうち、26もの省で洪水が発生。被災者は3,800万人を突破。224万人近くが緊急避難を余儀なくされている。経済的な損失は5,000億円近いといわれる。中国最大の淡水湖である八陽湖(江西省)では水位が23mに上昇し、警戒水位の20mを軽く突破してしまった。中国政府は人民解放軍の部隊10万人を投入し、人命救助や堤防増強工事に当たらせているが、焼け石に水のようだ。

 そうしたなか、「揚子江中流に位置する三峡ダムが大量の雨水の圧力で決壊するのでは」との危惧が出てきたのである。万が一、ダムが決壊すれば、約30億m3の濁流が下流域を飲み込むことになる。中国史上最悪のダム崩壊となることは請け合いだ。4億人から6億人もの被災者が出るとの予測もあるほどである。安徽省、江西省、浙江省などの穀倉地帯は水没の危機に瀕する。河口には上海が位置するが、その都市機能は壊滅的な被害を受けることになるだろう。上海に限らず、流域に位置する重慶や武漢など175の主要都市は経済、工業地帯を形成しており、日本企業も多数進出している。中国のGDPの半分を生み出しており、ダムの決壊となれば、コロナ禍以上にサプライチェーンが寸断されることにもなりかねない。

三峡ダム

 と同時に、中国国内で問題視されるようになったのが、「ダムによる地震の誘発現象」である。これまでもダム建設による環境破壊が懸念されてきた。しかし、2008年に発生した四川大地震によって10万人近い犠牲者が出たことをきっかけに、中国の科学者たちが調査を進めた結果、「大地震の原因は四川省内の活断層の近くに新設されたダム」との結論に至ったからである。大型ダムの貯水による重みが地殻に深刻な圧力をかけたことが原因と見なされ、専門家の間では「ダム誘発地震」と呼ばれるようになった。実は、中国の西部に建造されたダムの98.6%が地震発生頻度の極めて高い地域に密集しているのである。

 さらに深刻な懸念は揚子江流域に存在する原子力発電所への影響であろう。放射能汚染の恐れは福島原発事故の比ではない。こうしたリスクを抱えた三峡ダムを決壊させないで済むにはどうすればいいのか。現在、ダムの上流でも下流でも洪水が発生しているため、ダムを放水すれば下流域の洪水は拡大してしまう。かといって、放水しなければダムの決壊は秒読み段階に入る。中国は究極ともいえる苦渋の選択を迫られているといえよう。

 このように中国はじめ世界で頻発する大雨や洪水であるが、視点を切り替えれば、今後の課題は「洪水資源の有効活用」である。とくに中国の場合は河川流量が洪水期に60%以上が集中している。そのため、洪水ピーク流量と水量が大き過ぎるので有効活用ができないどころか、洪水被害を拡大させるままで、「手の施しようがない」といわれる所以だった。

試される人類の「耐久力」「復元力」

 しかしダムや堤防などの安全対策が達成されれば、乾季に発生する深刻な水不足に対して有効な対策になることは間違いない。実際、2001年以降、中国各地では水利委員会が中心となり、毎年発生する洪水の貯留施設の建設に取り組み始めている。多くの中小ダムでは洪水期の制限水位を合理的に引き上げ、貯水容量の増加に努めてきた。しかし、大方の想定を上回る大雨が引き起こした洪水によって、こうしたダムも効果を発揮することができない状況が続いている。であればこそ、状況の改善と強化を早急に進めるべき時がきている。日本は環境技術援助の一環として、長年にわたり中国内陸部での水利管理や植林活動に携わってきた。改めて地球環境の保全という観点からの協力の在り方が問われるだろう。

 中国の第一4半期のGDPは6.8%の減少で、1976年以来初めてのマイナス成長となった。世界経済の牽引車であった中国がこうした危機的状況に直面しているわけで、トランプ大統領がこのところ「南シナ海」「ファーウェイの5G」「香港」等の問題にからめて、総領事館の閉鎖など中国に対してこれまでにない強硬な姿勢を見せるようになったのも、その背景にはこうした自然災害で苦境に陥る中国を相手に自国の国益を追求しようとする思惑が隠されているに違いない。

 しかし、自然の猛威にさらされているのはアメリカも同じこと。このところの激しい雨の降り方や洪水の発生状況を見れば、自然発生的なものとは言い難いようにも思える。やはり人間による傲慢な自然破壊に対する地球からの警告なのであろうか。いずれにせよ、我々の日常生活はコロナウイルスと集中豪雨によって耐久力や復元力が試されていることは間違いないだろう。謙虚な気持ちで、自然と共生する道を模索する必要がある。

(了)

<プロフィール>
浜田 和幸(はまだ・かずゆき)

 国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。最新刊は19年10月に出版された『未来の大国:2030年、世界地図が塗り替わる』(祥伝社新書)。2100年までの未来年表も組み込まれており、大きな話題となっている。

(3)

関連キーワード

関連記事