トランプ大統領の残忍さを理解できなかった安倍首相~辞任劇の裏に隠されたアメリカの思惑(前)
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浜田 和幸 氏(国際未来科学研究所代表)
アメリカのトランプ大統領は安倍首相より数倍は強(したた)かだ。辞任記者会見直後の安倍首相に通算37回目となる電話を寄越し、「シンゾー、お前は日本の歴史上、最高の首相だ。なぜなら、アメリカ大統領の自分とこれまでにないツーカーの関係を築いたから。本当にお前はグレイト政治家だ!」と労をねぎらった。
まさに「ほめ殺し」の典型だ。ところが、そんなトランプの誉め言葉を真に受け、自身のSNSで自慢しているのだから、安倍首相の人の好さは救いがたい。実際、そんな甘さが今回の辞任劇をもたらしたと言っても過言ではないだろう。なぜなら、トランプ大統領は表向き安倍首相を持ち上げてきたが、裏では冷酷なまでに安倍首相を追い詰めていたからだ。
「トランプ・ファースト」の面目躍如
これまで、いかに多くの側近たちがトランプ大統領の元を去っていったことか。その何人かはボルトン補佐官のように、回想録を出版し、トランプの二枚舌や悪癖を暴露している。しかも、大統領選挙を間近に控え、何と身内である自分の姉や姪からも外からはうかがい知れない人格上の問題を相次いで酷評されているのがトランプである。
2人の親族に共通するのは、「ドナルドは平気でウソをつく。お金に汚い。残酷な(cruel)な性格の持ち主で、アメリカの大統領にはもっとも相応しくない。絶対に再選させてはならない」という激烈なもの。何しろ、名門ペンシルバニア大学のウォートン・スクールに編入できたのは、「お金を積んでの替え玉受験のお蔭。その後も大学に提出すべき論文はすべて自分が頼まれて代筆した」と、後に連邦判事になった姉から暴露される始末である。
とはいえ、厚顔無恥のトランプ大統領である。こうした元側近や身内からの内部告発については「まったくのでっち上げ。フェークニュースだ」と一刀両断。一向に気にする気配もない。しかしながら、マンハッタンやバンクーバー、トロント、パナマなど各地にあるトランプの名前を冠したホテルは、現在相次いで倒産の憂き目にあっている。
新型コロナウィルス拡大の影響で旅行客が激減したためであるが、「トランプという名の付いたホテルには泊まりたくない」という「アンチ・トランプ現象」が増大していることも原因のようだ。しかし、トランプの息子らは政府の事業継続支援金を真っ先に申請し、その他のホテルやリゾートと比べると5倍以上も国からの支援金を受け取るという手回しの良さ。まさに、お金に目のない「トランプ・ファースト」の面目躍如といったところである。
安倍首相もそれくらい大胆不敵な言動ができれば、持病に振り回されることもなかったのかもしれない。しかし、幼いころからの真面目過ぎる性格が災いしたようだ。ゴルフのプレーにも、2人の性格の違いが如実に表れていた。トランプ大統領は回りが見ていないと、平気で球の位置を都合よく移動させてしまう。また、歩くことが大嫌いで、とにかくカート頼みである。プレー仲間が自分より得点が伸びると、たちまち不機嫌マックスに。安倍首相の相手を気遣う、正直過ぎるプレーとはスタイルも楽しみ方も天と地の違いと言われてきた。
今回の辞任劇には別の理由が?
そんな安倍首相は71日ぶりに官邸で記者会見を開いた。8月28日(金曜日)の夕刻のこと。そこで首相が語ったのは「持病の悪化」と「政治判断を誤らないようにするための辞任」である。確かに、コロナ対策をはじめ政策は行き詰まり、世論の支持率も過去最低を記録していたのだから、ストレスが高じ、持病の潰瘍性大腸炎が悪化したということは想像に難くない。
とはいえ、ごく最近まで本人は「新しい治療薬のお蔭で体調は問題ない」と、周囲の不安感の払しょくに努め、辞任会見の6時間前の時点で菅官房長官も「お変わりない」と健康状態に太鼓判を押していた。直前には慶応大学病院で2度の受診をしていたが、「定期検診」と説明し、その行き帰りの様子も特別具合が悪そうには見えなかった。
しかも、大叔父の佐藤栄作元首相の連続在任日数を超え、8月24日には「在任期間歴代最長」の称号まで手に入れたばかりである。首相の動静を伝える新聞報道を見ても、国会の開会には応じないが、近しい政治家、財界やマスコミ関係者とは頻繁に会食の機会をもっていたことがわかる。食事のメニューも結構豪勢で、深刻な持病持ちの摂るべきものとはほど遠かった。
これまで、首相は公明党との連立を通じて政治基盤を安定させたことで、7年8カ月におよぶ最高責任者の立場を維持していた。その間、「戦後のアメリカによる押し付け憲法の改正、アベノミクスによる経済の復活、女性の活躍する社会の実現、北朝鮮による拉致問題の解決、ロシアとの間で北方領土問題を解決したうえでの平和条約の締結」等々に政治生命を賭けると繰り返し豪語してきたはずである。
残念ながら、こうした大上段の公約は「いずれも道半ば」と本人は回顧するものの、実際にはどれ1つとして実現できたものはない。自民党の党則を変更し、連続3期9年に延長した総裁の任期がまだ1年残っている。しかも、本心から「政治生命を賭ける」という気概や独自の戦略があるのであれば、「集大成として最後の1年にすべてを投じ、結果を出す」というのが本来の最高指導者の取るべき姿であろう。
ところが、先の辞任記者会見でも「次の首相が決まるまでは責任をはたす。その後も1議員として新たな首相を支える」とのこと。実におかしな発言だ。なぜなら、「切羽詰まった状況にはない」ことを自ら明らかにしているのだから。そうなると、今回の辞任劇には表向きの健康問題とは別の理由が隠されているのでは、と疑って考えざるを得ない。
(つづく)
<プロフィール>
浜田 和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。最新刊は19年10月に出版された『未来の大国:2030年、世界地図が塗り替わる』(祥伝社新書)。2100年までの未来年表も組み込まれており、大きな話題となっている。関連キーワード
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