元総合商社駐在員・中川十郎氏の履歴書(18)帰国取り消し
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日本ビジネスインテリジェンス協会会長・中川十郎氏
リオデジャネイロでの帰国準備
ニチメン・ブラジル支配人のI氏から翌日、とても興奮した様子で電話がかかってきた。「現地の支配人を通さずに、ニチメン(株)本社人事部に勝手に帰国を申請するとはどういうつもりなのか。私は、あなたの今回の行動により、監督者としての面子を潰された。私の下で働けないというのであれば、帰国を認める。ブラジル・リオデジャネイロ支店のあなたの後任には、同サンパウロ本店のR次長とする。1カ月以内に業務の引き継ぎを終了し、帰国してよろしい」。筆者は、I支配人との電話口で「非力で期待に応えられず、申し訳ありませんでした」と謝った。
リオデジャネイロ支店に転勤してきたR次長と、業務の引き継ぎを始めた。ポルトガル語の現地の幼稚園に通っていた娘の担任の先生に「1カ月後に帰国する」と連絡し、娘の退園の準備や、家具の処分も手配を始めた。
しかし、I支配人から1週間後に、「帰国をしばらく延期するように」という連絡が急に届いた。世界銀行の国際入札で交渉中だったN社から、「担当の中川氏が帰国すると聞いたが、国際入札の最終段階の交渉を進めている時に担当者を帰国させるのであれば、担当商社をニチメンからM社に変更する。せめてこの入札の商談が決着するまでは、中川氏に世界銀行の入札交渉を担当してほしい」とN社の上層部からI支配人に要請があったことが理由だった。
筆者も、最終段階にある本入札の決着がつくまで、帰国を延期することに合意した。この政府ビジネスで何とか実績を上げて、有終の美を飾って帰国したいと考え、現地の電力公社やコンサルタントとの交渉に全力を投入した。筆者は、電力公社やコンサルタントに「初めて日本製の通信機器を購入することに不安があるなら日本を訪問し、製造工場を見学してほしい」と申し入れた。
ほどなく入札結果が発表された。多くの人々の予想に反して、N社による南米初の落札が決定した。強敵であった米国のハリス・コントロール社に打ち勝ったのだ。A新聞は、リオデジャネイロ支局長の現地情報として「ニチメン・リオデジャネイロ支店が世界銀行の資金によるブラジル向け大型通信機入札で、有力だった米国通信機器メーカーのハリス社に競り勝ち、日本N社が通信機器では初の南米向け落札に成功」と大きく報じた。これで2年間の苦労が実り、政府ビジネスの実績ができたため、「帰国にあたって、少しは面子を立てることができた」と胸をなでおろした。
(つづく)
<プロフィール>
中川 十郎(なかがわ・ じゅうろう)
鹿児島ラサール高等学校卒。東京外国語大学イタリア学科・国際関係専修課程卒業後、ニチメン(現:双日)入社。海外駐在20年。業務本部米州部長補佐、米国ニチメン・ニューヨーク開発担当副社長、愛知学院大学商学部教授、東京経済大学経営学部教授、同大学院教授、国際貿易、ビジネスコミュニケーション論、グローバルマーケティング研究。2006年4月より日本大学国際関係学部講師(国際マーケティング論、国際経営論入門、経営学原論)、2007年4月より日本大学大学院グローバルビジネス研究科講師(競争と情報、テクノロジーインテリジェンス)関連キーワード
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