2024年12月23日( 月 )

激化する新型コロナ・ワクチンの開発競争:ワクチン外交の行方(1)

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国際政治経済学者 浜田 和幸

 世界では依然として新型コロナウィルス(COVID-19)の感染拡大に歯止めがかからず、累計感染者数はすでに2,700万人に達した。死者も100万人を突破しそうな勢いである。とはいえ、感染者の数を誤って130万人も余計にカウントしていたイギリスの健康保健省や死因を新型コロナウィルスと報告したにも係わらず「94%が別の原因であった」ことを認めたアメリカのCDC(疾病予防管理センター)の不正確な対応などが発覚したこともあり、戸惑うことも多い。マスクの効能1つをめぐっても、日本国内ではマスク着用を拒否した乗客が飛行機から降ろされるなど、「有効説」と「無用説」のせめぎ合いが続いている。

 一体全体、どこまで各国政府の発表するデータや専門家と称される人々の発言を信じてよいものか。やたらと不安感を煽り、ワクチンの開発と接種を急がせるための「製薬メーカーの陰謀ではないか」といった声まで出始めている。とはいえ、アメリカを筆頭に、インド、ブラジル、ロシアなど多くの国々でも、感染の嵐が吹き荒れていることは否定のしようがない事実だ。

 しかし、一刻も早く治療薬やワクチンの開発が求められている状況には変わりはないだろう。そのため、アメリカ、ドイツ、イギリス、日本、中国、台湾、ベトナム、キューバなど各国の研究者や100社近い製薬メーカーが開発レースでしのぎを削っている。これまで人類の歴史は感染症というウイルスとの戦いであったと言っても過言ではない。そのため予防ワクチンの開発にはエネルギーと資金が投入されてきた。

 とはいえ、動物実験から始め、治験者の数を徐々に拡大しながら、その効果を検証し、副作用のない安全なワクチンを市場に提供できるまでには長い時間がかかるのが常であった。思い起こせば、おたふく風邪のワクチン開発には4年、ポリオの場合には20年、天然痘に至っては200年もの年月がかかっている。

 そんな中、ロシアのプーチン大統領が世界に先駆けて新型コロナウィルス用のワクチン「スプートニクV」を完成させたと発表した。8月11日のことである。実は、ロシアでの感染者はアメリカ、インド、ブラジルについで世界で4番目に多く、100万人を超えている。プーチン大統領とすれば、国内的な不安感を払しょくしなければ、政権の維持にも暗雲が立ち込めるとの危機感にさいなまされていたに違いない。

 そうでなくとも、地方経済の落ち込みが深刻で、ロシアではこのところ反プーチン運動が加速する傾向を見せている。その反プーチン政治活動の中心人物ナワリヌイ氏がロシアの地方空港の待合室で口にしたお茶に毒を盛られ、ドイツの病院で治療を受けているが、過去にも似たような毒殺や未遂事件が頻発するロシアである。

 国民の間に広がる反プーチンの動きをけん制するためにも、プーチン大統領とすれば「世界初のワクチンを希望者全員に提供する」との前向きなメッセージが必要だったのではないか。「毒殺」という悪のイメージを打ち消すためにも、「世界初のワクチンの完成」というプラスのイメージを強化したいと考えたのであろう。

 記者会見に臨んだプーチン大統領は自信満々で、「自分の娘にもこのワクチンを投与した。1回目の投与直後に少し熱が出たが、翌日に2回目の投与を行うと平熱に戻った。安全性には問題なさそうだ。これから増産体制に入り、10月から医療関係者や学校の先生たちに優先的に投与したい。年明けには希望する国民全員に提供できるだろう」と「世界初の快挙」をアピールしたものだ。

 とはいえ、各国のワクチン開発メーカーに資金を提供しているビル・ゲイツ氏でさえ「完成は早くて年末か年明け」と予測している状況である。プーチン大統領の発表には世界中が驚くとともに、「本当に大丈夫なのか」と半信半疑の声が出るのも当然であろう。実は、このロシア製ワクチンはWHOが注目する治験薬6種には含まれていなかった。

 というのも、名前は世界初の人工衛星「スプートニク」にちなんだ勇ましいものだが、短期間の開発で、治験者の数も38人と少なく、しかもワクチンを開発したとされるモスクワのガマレヤ研究所や協力したロシア防衛省の中央研究所からは実験データの開示が十分にされなかったからだ。そのためか、ドイツ、フランス、スペイン、アメリカなどの医療関係者の間では「にわかには信じがたい」と首をかしげる反応が専らである。9月7日には26人の欧米の専門家が公開質問状を通じて、ロシアのワクチンに関するデータの信ぴょう性に疑問を投げかけた。

(つづく)

<プロフィール>
浜田 和幸(はまだ・かずゆき)

 国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。最新刊は19年10月に出版された『未来の大国:2030年、世界地図が塗り替わる』(祥伝社新書)。2100年までの未来年表も組み込まれており、大きな話題となっている。

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