元総合商社駐在員・中川十郎氏の履歴書(20)チリ向け小型乗用車大量輸出に成功
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日本ビジネスインテリジェンス協会会長・中川十郎氏
日本では目新しい「致命的情報」が不可欠
ニチメン・ブラジル駐在中の最大のビジネスの成果は、チリ向けに500億円規模の日本製乗用車の輸出に成功したことだ。このビジネスが成就した理由は、人的情報(Human Intelligence)の「致命的情報」(Critical Intelligence)の入手に成功し、それを最大限に活用したことだ。
これまで、ビジネスインテリジェンス(経済情報)を活用してビジネス開拓に成功した事例として、人的情報の活用によるイラクでの初の日本車大量輸出、文書情報の活用によるインドでの日本製医薬品原料の初の大量輸出の例を公開してきた。
今回は、米国諜報機関やビジネス競争情報でも活用されている人的情報のなかでも、日本では目新しい「致命的情報」を活用したチリ向け日本製乗用車の初の大量輸出の事例について説明する。この案件は、国際貿易においてビジネスインテリジェンスを活用した格好の事例である。
チリが乗用車の輸入を解禁
ニチメン・リオデジャネイロ支店の現地従業員は、日系2世のA氏とブラジル人の2名だった。ある日、A氏が自身の友人という日本商社I社のリオデジャネイロ支店化学品代理店に勤務している日系2世のB氏を会社に連れてきた。
B氏は得意先の情報を持ち出し、「近いうちにチリが乗用車の輸入を解禁するため、I社に話をつないだが、I社は『日本車は南米チリへの輸送費がかさみ、競争力がないため、興味ない』として断られた」という。
筆者はかつてイラク向けに日本車の輸出に成功しており、日本乗用車メーカーには人脈を持っていたため、B氏に「弊社で検討するから、詳細を連絡してほしい」と伝えた。するとチリの関係者がリオデジャネイロ支店に面談にきて、「チリ側ではガソリンの消費を抑えるため、小型乗用車を輸入したい」という。イラクで関係があったN社とD社に、話をつなぐようニチメン本社の自動車部に連絡した。
筆者がチリの関係者に「チリではタコを生で食べるというが本当か」と聞くと、「そうだ」という。「それならば、社宅で刺身と寿司を振舞うから来い」と誘った。社宅でワインを飲みながら食事している時に、ニチメン自動車部に重要な点を知らせるのを忘れていることに気づいた。実は、チリでは輸入に際し自動車のエンジン排気量が1,000cc以下ならば関税は100%、1,000cc以上ならば関税は200%かかるのだ。このように、チリの関係者から、「1,000cc以下の小型車を輸入したい」という、情報論でいうところの「致命的重要情報」の提供を受けていた。
ただちにニチメン本社の自動車部に連絡し、D社のシャレード850ccを提案するように依頼した。この情報を入手していなかったM社はT社のC車1,400cc、N社のB車1,400ccを提案した。しかしM社が提案したT社とN社の自動車は、いずれも関税が200%上乗せされるために、販売価格がシャレードの2倍以上となったため、ふたを開けるとM社は一台の注文も取れず、ニチメンにはD社のシャレード4万台、計500億円という大量の注文が舞い込んだ。供給を完了するまで3年を要するほどの大規模な注文だった。
この事例は、国際ビジネスにおいては情報の収集、分析が大切であり、なかでも「エンジン排気量」という「致命的情報」の収集や活用がいかに大切であるかを物語っている。ビジネスにおいては、正確で徹底した「情報」がカギとなり、命であることを認識すべきである。
(つづく)
<プロフィール>
中川 十郎(なかがわ・ じゅうろう)
鹿児島ラサール高等学校卒。東京外国語大学イタリア学科・国際関係専修課程卒業後、ニチメン(現:双日)入社。海外駐在20年。業務本部米州部長補佐、米国ニチメン・ニューヨーク開発担当副社長、愛知学院大学商学部教授、東京経済大学経営学部教授、同大学院教授、国際貿易、ビジネスコミュニケーション論、グローバルマーケティング研究。2006年4月より日本大学国際関係学部講師(国際マーケティング論、国際経営論入門、経営学原論)、2007年4月より日本大学大学院グローバルビジネス研究科講師(競争と情報、テクノロジーインテリジェンス)関連キーワード
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