「人間の経済」を基軸に、環境問題を考察する!(5)
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京都大学名誉教授 松下 和夫 氏
2020年は、新型コロナ騒動一色に塗りつぶされた1年であったと言っても過言ではない。「地球という有限の閉鎖体系のなかでは、無限の経済成長は不可能である」と経済学者のケネス・E・ボールディング(当時のアメリカ経済学会会長)が警告したが、ほとんどの国の政府や指導者は「経済成長がすべての問題を解決する」との神話を信奉してきた。
コロナ禍が起こった今こそ、人類は考えを改めることができるのだろうか。京都大学名誉教授・(公財)地球環境戦略研究機関(IGES)シニアフェローの松下和夫氏に聞いた。地球市民としての権利と義務
――経済は本来、自然環境とどのような関係にあるべきですか。松下先生は、人間と経済のあるべき関係を追及し続けた大家で『人間の経済』著者の宇沢弘文先生に大学時代にご師事されたとお聞きしています。
松下 新聞、雑誌などで地球市民(グローバルシチズン)という言葉がよく躍っているのを、読者の皆さまもお気づきのことかと思います。私たちには、特定の国・地域に限られる権利と義務がありましたが、これだけ「小さく」なった地球で、人間が共同で生活をするようになると、地球市民としての権利と義務が生まれました。
今話題となっている「持続可能な開発目標」(SDGs)は、その表れです。SDGsは、社会が目指すべき目標を包括的に網羅しており、企業はSDGsに真剣に取り組むことによって、リスクをチャンスに変えることができるのです。私たちがこの先もずっと地球上に住み続けて人類が繁栄していくために、日本と世界にとってやらなければいけないことがあるということです。
地球環境の限界を超えることなく、すばらしい地球を将来に残すことができるか否かは、私たちにかかっています。それは、地球環境に与える影響を減らしながら、より質の高い生活を送り、国・地域の資源、歴史、文化を大事にして、身の丈にあった節度のある経済発展を進めていくことを意味しています。
GDPは人々の厚生の指標としては、多くの欠陥がある
――コロナ禍をきっかけに、2020年は改めてGDP(国民総生産)と比較されるブータンのGNH(国民総幸福量)が、大きな注目を浴びました。松下先生はブータンのGNHを研究する「日本GNH学会」の会長をされています。
松下 日本GNH学会は11年に設立された新しい学会ですが、研究者だけでなく、ブータンやGNHに関心を持つ方々に集まっていただき、ブータン、そして世界で展開されるGNH理念による実践をこれまで約10年間、研究してきました。
経済活動指標であるGDPが、人々の厚生の指標としては数々の欠陥があることは以前から指摘されています。たとえば、森林伐採や交通事故・公害なども、GDPの増加として計上されています。ブータンでは、GDPに代る国の目標としてGNHを掲げ、加えてGNHを実際に行政の政策統合の指針として生かしています。
国際社会からも注目を集めるGNHは、多くの取り組みが進行
GNHは哲学、経済理論であり、政策上の目的でもあります。伝統文化と近代科学を融合する「哲学」としてのGNHは、開発の優先順位の転換につながり、「経済理論」としてのGNHは、「経済成長(経済の量的、スピード拡大)ですべての問題が解決するのか」というGDP批判を展開し、人々の精神的・物理的・社会的な厚生の向上を重視しています。「政策上の目的」としてのGNHは、持続可能な発展を達成するための詳細な優先順位と手段を明示しています。
GNHは、(1)持続可能で公平な社会経済的発展、(2)環境保全、(3)文化振興、(4)よい統治の4つの柱からなります。これらの4つの柱はさらに、(1)生活水準、(2)健康、(3)教育、(4)生態学的健全性、(5)文化、(6)心理的幸福、(7)ワーク・ライフ・バランス(時間の使い方)、(8)地域の活力、(9)よき統治の領域に分けられています。
たとえば、ブータンでは観光客の受け入れ制限をしています。すべての観光は事前登録が必要であり、国が認定したガイドが付き、行き先が指定されているのです。また、「山は登るものではなく、拝むものである」とする宗教的な理由もあり、ヒマラヤ登山は受け入れておらず、環境に与える影響を最小限に抑えています。
ブータンのGNHは国際社会からも注目を集め、5回にわたり国際フォーラムが開催されています。経済協力開発機構(OECD)、オーストラリア、カナダ、中国、オランダ、タイ、イギリス、フランス、ブラジルでも関心が高まり、多くの取り組みが進められています。日本では内閣府が11年12月に、幸福度を測る132の指標の試案を発表しています。
(つづく)
【金木 亮憲】
<プロフィール>
松下和夫氏(まつした・かずお)
京都大学名誉教授、(公財)地球環境戦略研究機関(IGES)シニアフェロー、国際アジア共同体学会理事長、日本GNH学会会長。
1948年徳島県生まれ。71年東京大学経済学部卒。76年ジョンズホプキンズ大学大学院政治経済学科修了(修士)。72年環境省(旧・環境庁)入省、以後OECD環境局、国連地球サミット(UNCED)事務局(上級環境計画官)などを歴任。2001年京都大学大学院地球環境学堂教授。持続可能な発展論、環境ガバナンス論、気候変動政策・生物多様性政策・地域環境政策などを研究。
主要著書に、『東アジア連携の道をひらく 脱炭素・エネルギー・食料』(花伝社)、『自分が変わった方がお得という考え方』(共著 中央公論社)、『地球環境学への旅』(文化科学高等研究院出版局)、『環境政策学のすすめ』(丸善)、『環境ガバナンス論』(編著 京都大学学術出版会)、『環境ガバナンス(市民、企業、自治体、政府の役割)』(岩波書店)、『環境政治入門』(平凡社)など多数。監訳にR・E・ソーニア/R・A・メガンク編『グローバル環境ガバナンス事典』(明石書店)、ロバート・ワトソン『環境と開発への提言』(東京大学出版会)、レスター・R・ブラウン『地球白書』(ワールドウォッチジャパン)など多数。関連キーワード
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