2024年11月22日( 金 )

「ほどよい距離」と「1人」、そして「あっち側とこっち側」(後)

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大さんのシニアリポート第96回

 「ソロキャンプ」というのが流行っている。昨年の「ユーキャン新語・流行語大賞」のトップ10に入った。ユーチューバーで、ソロキャンパー芸人ヒロシが火付け役だ。チャンネル登録数は80万件を超し、『ヒロシのソロキャンプ』(発行元:学研プラス)の売れ行きも好調である。コロナ禍で、「巣ごもり」「ソーシャルディスタンス」という人との距離を強いられる生活が続き、人と話したい欲求が強いのではと思われるのであるが、意外にもその逆の本音も見え隠れしている。

発達障害

 精神科医の熊代亨は、「いまなら発達障害などと診断されるような人が、昭和の時代にはあちこちで当たり前に暮らしていた、ということです」「一方で、いまの社会はますます清潔で行儀良く、効率的で、コミュニケーション能力が求められる。それについて行けない人に対処する需要が高まったから、発達障害が『病気』として受け入れられたようにも感じます」(朝日新聞2021年1月8日付、耕論「ほどよい距離感って?」)と指摘する。

 確かに一芸に秀でていた人は、羨望の的として尊敬されていた時代があった。それが「発達障がい者」、つまり“病気”として認定されてしまうと、ある種の忌避感を覚えてしまうことを否定しない。最近では、「自分は発達障がい者」とカミングアウトする著名人も増えてきた。

 筆者の知る音楽家は発達障がい者である。子どものころ、ラジオから流れてくるメロディを即座に卓上ピアノで再現し、「この子は天才」と両親を喜ばせたという。後日、発達障害と診断され、両親を落胆させた。でも、生活能力に欠ける部分があっても、すばらしい音楽を聴かせてくれる彼を筆者は尊敬している。

集団での「あっち側とこっち側」

 何ごとに対しても白黒明確にしたがる人がいる。「天才」を「病人」にして溜飲を下げる人がいる。「こっち側の人」を「あっち側」に線引きしたがる人がいる。同じ人間を「あっち側」に差別することで、自分のいる世界を保持したがる人がいる。自分の行動はすべて正しいと思う人がいる。「コロナ警察」は、その典型だろう。

 映画監督で作家の森達也は、「誰かをあっち側と呼ぶとき、人は自分をこっち側、つまり多数派の位置に置きます。自分はあっち側とは違うと信じている」「人間は集団をつくらずには生きていけない存在だし、集団と集団の間に分離が生じてしまうこと自体は避けられない。ただ、ある集団を敵視すれば対立は深刻化します。誰かをモンスター視しないこと。あっち側の人も同じ人間であるとみなす回路を、閉じてしまわないことです」(朝日新聞2021年1月6日付、耕論「『あっち側』という線引き」)と述べている。

 言語学者の田中克彦は、「人間の『分類』はもっとわかりやすい。『あっち』と『こっち』の2つに分け、自分の都合の悪いグループに焼き印を押す」といい、自分が理解できないものには人は寛容だと語る。「ちょっとでも理解できるものに対しては、小さな差異であっても徹底的に見逃しません。自分たちを正当な『こっち側』に、相手を劣った『あっち側』に位置づけているのは、同じ序列のなかにある『敵』に優劣を付けるためだと考えられます」(同)と結論づける。

 何度か紹介したが、かつて筆者が市議会選挙に立候補したとき、応援を頼んだ隣町(こっち側)の人から、「大山さんは県営住宅(あっち側)の住人であることを忘れないように」といわれ、驚愕したことがある。その(残念ながら落選)後、筆者が作家でクラシックの音楽評論家であると知った彼は、なぜか筆者を見かけると視線をそらし、こそこそ逃げ隠れるようになった。

 隣町の住人の多くは、有名企業の元重役や医者、大学教授などが多い。「身分の高い優秀な住民が、県営住宅に住むような賎(しず)なる人を応援する」という意識があったのだろう。筆者が驚いたのは、「今どき?」と感じたためだ。「肩書きは現役時代の“勲章”、職を辞したらみんな同じ人間」という発想を捨てきれない人が意外に多い。隣町のそうした人々は群れをなして行動する。その集団を筆者は「見えないシェルター」と呼んでいる。寓話『裸の王様』のように、本当は“ない”のに、“ある”つもりでシェルターに身を寄せ合う気の毒な人々。

 「ソロキャンプ」から、集団での「あっち側とこっち側」「ほどよい距離感」を保つのは、なかなか難しいものである。

(つづく)

<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)

 1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』(平凡社新書)『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』(同)など。

(第96回・前)
(第97回・前)

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