2024年11月22日( 金 )

リニア計画は、なぜ、とん挫しているのか(前)

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運輸評論家 堀内 重人 氏

 JR東海が2027年に予定しているリニア中央新幹線の品川~名古屋間の開業が、延期に追い込まれる可能性がある。静岡県内で実施されているリニア中央新幹線のトンネル工事により、大井川の流量が減少する恐れがあるが、これに対してJR東海が十分な対策を示さず、静岡県が工事を認めないことが原因である。

   リニア中央新幹線は、JR東海が事業主体となり、2037年には新大阪まで延伸開業する計画がある。首都圏では土地買収が難しく、騒音対策も実施しなければならないことから、建設費の総額が9兆円にも上る巨大開発事業である。そうなるとJR東海という1社の民間企業では負担が大きい。かつ東京~大阪間という日本の大動脈を支える社会インフラでもあることから、安倍内閣時に公的資金として、3兆円の財政投融資が投じられた。

 JR東海は13年9月に、南アルプストンネルの工事を実施すると、大井川の水量が毎秒2m3減少するとの予測を、静岡県に示した。静岡県は、大井川の水は静岡県民の6人に1人にあたる60万人分の生活用水だけでなく、事業や発電にも利用され、「命の水」に該当するとして、トンネル湧水の全量を大井川に戻すことを求めた。

 JR東海は、最初は「全量戻す」と約束したが、20年8月になって「一定の期間は水を戻せない」と表明したことから、静岡県はあくまで全量戻すことを求め、水資源の確保と自然環境の保全について、47項目にわたってJR東海に回答を求めている。

 静岡県が、大井川の水を全量戻すことにこだわる理由は、大井川が慢性的な水不足に悩まされていることにある。それゆえ「渇水は深刻な問題である」として、工事による流量の減少は、南アルプスの貴重な生態系にも大きな打撃を与えることを懸念している。

 20年4月には、国土交通省の「静岡工区有識者会議」が始まり、大井川の減水について検証がなされた。この会議は、リニア推進の国土交通省が有識者委員を人選したが、JR東海の説明に対しては、専門家も「住民は納得しない」「疑問に答えていない」と苦言を呈している。

 JR東海は、静岡県や大井川の流域自治体が求める対策を示さなかった。それにも関わらずに金子慎社長が、20年6月26日に川勝平太知事と会談し、「準備工事に限って開始したい」と要請した。

 リニア建設は、計画ありきで進められた面があることは、否定できないかもしれない。JR東海がリニア計画を推進しようとするのは、以下のような理由からである。

 (1)東海道新幹線が老朽化しており、数年後には大幅なリフレッシュ工事により、運休せざるを得なくなる。
 (2)東海道新幹線は、時間帯によっては混雑している時間帯もある。
 (3)東南海沖地震の発生が予想されており、これが発生すると浜名湖付近や新丹那トンネル付近が壊滅的な打撃を受ける。

 ところが新型コロナウイルスの感染拡大によって、リニア計画にも暗雲が垂れ込めている。JR東海の主な収益源である東海道新幹線の旅客は、コロナ危機で大幅に減少した。テレワークやビデオ会議の普及があり、東海道新幹線の主力であるビジネス客が大幅に減少したため、JR東海も会社創立以来の赤字に転落した。

 「ビジネス客の減少は一時的なものにとどまらない」や「リニアの採算性は以前にも増して疑問である」など、リニアに対する懐疑的な意見が強くなってはいる。確かに、コロナ危機は大都市への一極集中を見直さざるを得なくなったが、筆者はリニアが「不要」であるとは、決して思っていない。

 新型コロナウイルスが蔓延するまでは、東海道新幹線の1日当たりの断面交通量は、約35万人以上もあり、仮にリニアを建設しないとなれば、代替の交通手段を確保しなければならない。航空機で輸送する場合、羽田空港や伊丹空港の発着枠は限界に近づいており、首都圏に別途、空港を建設することは、非常に困難である。

 高速道路で輸送するとしても、バスでは輸送量が小さいため、代替の輸送機関にはならない。別途に、鉄車輪で走行する現在の新幹線を建設するとしても、建設費はリニアと大差がない上、既存の新幹線では最高速度が320km/h程度にとどまり、かつ無人運転は無理である。

 その点でいえば、リニアは最高速度が550km/hであり、かつ無人運転が可能である。その結果、東京(品川)~新大阪間を67分で結ぶことが可能となり、その所要時間は「のぞみ」の東京~新大阪間の2時間25分の半分以下に短縮される。

 新型コロナウイルスの蔓延により、確かにビジネス需要が減少したことは事実ではあるが、一時的なものだと思っている。会議などは、直に人の顔色を観て行うものであるし、筆者も昔は製造業に従事していたためわかるのだが、製品に生じた傷などは、実際に実物を観ないと、判断できなかったりする。

 ビジネスというものは、お互いに顔を合わせて信頼により、成立するものであるから、テレワークやビデオ会議だけでは、対応ができない。学会やシンポジウムなどであれば、ビデオ会議でも対応が可能であるが、音声などは良いとは言いづらく、まだまだ改良の余地が大きい。

(つづく)

(後)

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