日本企業が注目すべきAI分野 物理世界の接点で働くAIの可能性

(株)システムソフト
代表取締役社長
オンゴール・パヴァン 氏

 インド、日本、アメリカの3文化を背景にもち、今年(株)システムソフトの社長に就任したオンゴール・パヴァン氏。ChatGPTに代表される生成AIの進歩が世界を席巻するなか、日本企業が本当に活路を見出すべきは別の領域にあると説く。日本の産業構造や文化的特性に適したAIの在り方とは何か。人間社会と文明におよぶ影響までを視野に入れ、これからのAIとの向き合い方を示す。

異色のキャリアで
日本企業のCEOに挑戦

(株)システムソフト 代表取締役社長 オンゴール・パヴァン 氏
(株)システムソフト
代表取締役社長 オンゴール・パヴァン 氏

    ──まず、日本企業である(株)システムソフトの代表取締役社長に就任した経緯を教えてください。

 オンゴール・パヴァン氏(以下、パヴァン) 私はインドで生まれ育ち、その後、約9年間日本に滞在し、約12年間アメリカで過ごしました。私は自分が「3分の1日本人」だと考えており、インド、日本、そしてアメリカという3つの国が私にとっての母国だと考えています。

 私は大学卒業後にまずコンピューター系のエンジニアとしてキャリアをスタートさせ、その後、企業で成長戦略立案やCOO(最高執行責任者)として経験を積みました。また、投資家としても活動してきた経緯があり、とくに2011年ごろからはAI関連企業への投資に深く関わってきました。

 システムソフトは福岡で創業されたIT企業として歴史が長い企業の1つです。現在は、東京、福岡、アメリカのシリコンバレーに拠点があります。従来、システムインテグレーション(SI)やシステムエンジニアリングサービス(SES)を主な事業として行ってきましたが、近年はRPA(Robotic Process Automation)の導入支援も多く手がけてきました。

 RPAとは、人間がパソコンで行う定型的な事務作業をソフトウェアロボットに代替して自動化する技術です。しかし、今やRPAからAIの時代へ変わりつつあります。私が当社に入社したのも、RPAからAIへ事業の軸を移し、AIビジネスを大きく成長させるためです。

エンタープライズAI
開発競争は大勢決す

 ──日本企業はとくにどのような側面からAIに注目し、ビジネスに導入していくべきと考えますか。

 パヴァン ビジネスに導入するAIを大きく2つに分けてお話します。「エンタープライズAI」と「フィジカルAI」です。

 まず、エンタープライズAIは、企業の業務・経営全体にわたって統合的・戦略的に機能するAIのことです。これまでは営業サポート、経理、総務といった分野について、部分的にDX(デジタルトランスフォーメーション)を導入することでデジタル化が推進されてきました。

 しかしエンタープライズAIは、単に個別の業務にAIを導入して効率化するのではなく、組織全体を統合するAIを導入してデータ活用力を高め、意思決定、業務プロセス、顧客対応、商品開発などを横断的に最適化することを可能にします。これを私たちはDXのさらに先にある「AX(AIトランスフォーメーション)」と呼んでいます。

 エンタープライズAIの横断力を可能にするのは、近年進化が目覚ましい大規模言語モデル(LLM)です。LLMの進化によって日常的な自然言語や非構造化データまで扱えるようになりました。これによって企業内のさまざまな分野を横断的に統合して全体の最適化が可能になると考えられます。LLMの代表として知られているのがChat GPTのような生成AIです。

 22年11月にOpenAIがChatGPTを一般公開して以降、世界中の多くの人がAIとはChatGPTのようなものだと認識するようになりました。たしかにLLMの威力は圧倒的で、これまで「日本語が話せますか?」などと質問していた言語の壁の問題は、もはや存在しない世界になりつつあります。

 もちろん日本企業もエンタープライズAIを導入して経営や業務面で全体の最適化を図ることが必要です。しかし、開発競争としてはLLMのような基盤モデル、そしてその先にある汎用AIの領域はすでに大勢が決しており、最終的にアメリカを中心とした2、3社の企業に集約されると予想されます。よってこの分野でもはや日本企業が優位性を確立する余地はありません。日本企業が持つ強みを生かすには、それ以外のAIにも注目する必要があります。

日本が目指すべきは
フィジカルAIの開発実装

 ──では、日本企業が注目すべきAIはどのような分野でしょうか。

 パヴァン 日本が注目すべきは、既存産業の強みを生かすことができる「フィジカルAI」です。とくに日本が世界に誇る「ものづくり」の現場を、さらに進化させる技術として注目すべきものです。エンタープライズAIが企業の経営や業務に関わるのに対し、フィジカルAIは主にモノとの接点において活用されます。物理的な作業や生産活動に関与し、人間の目・鼻・肌などの感覚をセンサーで代替しながら、状況を認識・解析する点が特徴です。

 たとえば、カメラが代替する視覚だけでなく、他のセンサーが感知する音や匂いなどを統合的に処理してAIは判断を下します。フィジカルAIは単なる作業の代替ではなく、画像認識、センサー、処理ソフト、判断機能が一体となって、現場の状況をリアルタイムで把握・解析し、人間と協調しながら「何を・いつ・どのように行うか」を判断する存在になります。

 具体的な応用例としては、自動車修理センターが挙げられます。従来は「5,000km走行ごとの点検」といった頻度ベースの管理が主流でしたが、フィジカルAIでは、車両に搭載されたセンサーでリアルタイムに状態を監視し、AIが故障の予兆を捉えて事前に修理を促すことができます。入庫後も、人間が目視で確認するのではなく、センサーやカメラが取得したデータをAIが診断・分析し、チェックリスト通りに修理作業が行われたかの確認も支援します。

 また建設現場では、従来主に想定されていたような、たとえば、安全や工程管理といった決められたルールに基づく判断にとどまらず、フィジカルAIはセンサーで得られる膨大な生データを高度な科学的知見に基づいてリアルタイムで瞬時に判断して行動することができます。

 こうした判断力を支えるのは、建設分野における素材工学の知見であり、不動産分野ではエッジAI(Edge AI)のような分散処理技術との連携です。このように、フィジカルAIは現場の技術と学術的な知見を統合しながら、複雑な環境にも即応できる実践的な知能基盤として機能します。

イメージ

日本人の完璧主義
そこにAIをどう生かすか

 ──ほかにも日本がとくにフィジカルAIに注目すべき理由はありますか。

 パヴァン フィジカルAIは、バイオテックや宇宙分野などの先端領域での活用も期待されます。日本はこれらの分野において特許出願数や研究基盤など、国際的にも高い評価を受けています。世界のAI開発の潮流も、純粋なソフトウェア型のAIから、フィジカルAIとの融合へと移行しつつあります。

 また、日本人の国民性である「完璧主義」や「官僚的」といった特性とフィジカルAIとの相性にも注目すべきです。1990年代以降に世界を主導してきたソフトウェア開発の分野は、「とにかく早く動いて、失敗して学ぶ」ことが必要でしたが、ここでは日本人の完璧主義が柔軟な対応を阻害する要因になっていると考えられてきました。しかし、人の命に係わるバイオテックやロボティクス、宇宙といった分野では、わずかな誤差が命取りになるため、100%の正確性と高い信頼性が求められます。こうした領域では「完璧主義」という日本の文化的な強みが発揮されるのです。

 さらに、フィジカルAIは日本が直面する喫緊の課題、すなわち少子高齢化による労働人口の減少、とくに修理センターやメカニックといった現場での人材不足に対する有効な対応策ともなります。「仕事を奪うAI」ではなく「人間を助けるAI」として、人手不足という構造的な問題に対してフィジカルAIの活用が重要です。

AIが変える世界
人間、文明、社会の在り方

 ──AIが社会や文明全体におよぼす影響を、どのように捉えますか? とくに、仕事や労働の概念、人間の生き方そのものにどのような変化が起きると考えますか?

 パヴァン AIがもたらす変化のなかでも、とくに大きいのは仕事や労働の意味そのものが変わることだと思います。過去30〜40年間でコンピューターとインターネットの進歩は、生産性と情報通信を革新的に変化させました。

 しかし、AIはそれらの変化にとどまらず、人間にとっての「労働」そのものの意味を大きく変えるでしょう。人間が一人前の社会人になるまでに18年かかるのに対し、AIはそれをわずか数秒や数分で成し遂げることができます。それは、過去300年に確立された、個人と労働と社会の仕組みが根本から変わってしまうということです。

 次に、個人の能力と人間の生き方への影響です。AIは個人の情報処理能力を飛躍的に向上させます。たとえば、通常の人間では読み解くのが困難な1,000ページもの政府のレポートも、AIに読ませて、質問を投げかけることで瞬時に要約や分析させることが可能になります。それは今まで、1人の人間ではできなかったことであり、そのために多くの分業が発生し、集団としての社会をつくってきた条件をくつがえすものです。

 AIは1人の人間にできることや、それに費やす時間の質を劇的に変えます。これまで何十年もかけて培ってきた知識やスキルの価値が根本から変えられ、人間同士の協力関係の在り方も変わるでしょう。AIの支援によって誰もが1人でできるようになり、各人が「スーパーマン的」な能力を発揮することが求められるようになるでしょう。

 これらの変化は、倫理的な側面を含め、社会や世界のさまざまな側面を変容させざるを得ません。その全容はまだ見通せませんが、今後10年以内にさらに大きな変化が起こると予想されます。

アンビエントAI
AIが変える“空間”の在り方

 ──今後ほかに注目すべきAIの応用分野や、次の大きな技術トレンドはどこにあると考えていますか?

 パヴァン もう1つ、「アンビエントAI」を紹介させてください。従来のAIがパソコンの画面など端末を介して使われていたのに対し、アンビエントAIは、空間全体にAIが遍在(アンビエント)することによって、人間の話す、見る、触るなどの日常的な感覚に寄り添うものです。

 たとえば、話すテーブルや聞くメガネのようなかたちで、AIが環境に溶け込み、人の住空間、たとえば、都市開発、不動産、介護医療の現場に大きな変化をもたらすでしょう。

 アンビエントAIの特徴は、一言でいうと「インターフェースの消失」です。「画面を見ながら操作する」という従来の人間中心のインターフェイスから脱却し、音声、視線、動作、空気の流れといった多様な入力を、AIがコンテキストとして理解・反応する世界をつくります。アンビエントAIはこれまでIoTやスマートデバイスの枠組みでは捉えきれなかった、人と環境との深い相互作用(インタラクション)を可能にします。建物や都市空間は単にスマートになるのではなく、能動的に人間を理解し、寄り添う空間へと進化します。

 たとえば、高齢者が転倒しそうになれば床が察知して通知を出す、会議室に入れば過去の議事録と資料が自動的に提示されるといったものです。そこでは、人間とAIの関係は、操作から共生へと転換し、空間そのものが知覚し、対話し、能動的に関与する存在へと進化します。かつて電気の発明が社会構造を根本から変えたように、アンビエントAIによって人間の生活様式と文明が再定義される未来の入り口が開かれることになるでしょう。

 さらにこの技術は、物理空間におけるパーソナライズの新しい地平を切り拓くでしょう。たとえば、同じ空間でも利用者によって照明、音響、温度、情報提示の内容が自動的に調整され、建物が「話しかけてくる」存在になる。そのとき、不動産はもはや器ではなく、対話可能なメディアへと変貌しているのです。アンビエントAIはハードとソフトの境界を曖昧にしながら、空間、行動、情報のすべてを統合する新たな次元の技術です。我々の暮らしや産業に横断的な変革をもたらすと確信しています。

 フィジカルAIやアンビエントAIの概念を紹介しましたが、私が強調したいのは、ChatGPTがあまりにも衝撃をもって普及したために誰もがそのようなものばかりをAIと考えてしまっていますが、日本の産業や企業が注目すべきAI分野はもっとほかにもあるということです。物理世界の接点においてAIを活用する方法を探ることが、日本人の文化的特性にも適い、日本企業の強みを生かして1つ上のステージに導くことになると考えています。

【寺村朋輝】


<COMPANY INFORMATION>
(株)システムソフト

代 表 : オンゴール・パヴァンほか1名
東京本社:東京都千代田区丸の内1-8-1
福岡本社:福岡市中央区天神1-12-1
設 立 :1979年9月
資本金 :17億600万円

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