2024年11月20日( 水 )

「GIGAスクール構想」の是非を問う~教育現場からも疑問の声(1)

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国際教育総合文化研究所 所長 寺島 隆吉 氏

 新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、教育現場では休校や授業の短縮、行事の中止、部活動の制限、オンライン授業の普及など、生徒と教師を取り巻く環境が一変した。今、教育現場では何が起こっているのか。文部科学省が推進する「GIGAスクール構想」の是非などについて、国際教育総合文化研究所所長・寺島隆吉(元岐阜大学教育学部教授)に話を聞いた。
 なお、本稿は先月急逝したジャーナリスト金木亮憲氏の遺稿となる。

逃げ場を失った生徒たち

 ――コロナ禍によって、教育現場を取り巻く環境が大きく変わりました。

国際教育総合文化研究所 所長 寺島 隆吉 氏
国際教育総合文化研究所 所長 寺島 隆吉 氏

 寺島隆吉氏(以下、寺島) 私が主宰する国際教育総合文化研究所には、大学教員のほか、小中高の教員もたくさんいます。その先生方から連日のように報告・相談が届いています。一番大きな問題は、「三密」を避けるためのソーシャルディスタンスによって、教師と生徒、生徒と生徒が分断され、個々の生徒が孤立してしまったことです。ある高校では1学期に2人も自殺し、中学校でも飛び降り自殺が起きています。これはとても由々しきことです。

 小中高の保健室は生徒でいっぱいになっています。溜まったうっぷんを発散できる部活動や体育系行事はもちろん、文化系行事もすべて中止されています。そのため、救いの場や逃げ場がなくなり、絶望感が広がっています。

 通常ならば、教員は生徒の顔を見ながら理解度を確認し、授業を進めていくものです。それがマスクをしているためにできなくなり、生徒との正常なコミュニケーションが行われていません。その影響は大きく、教師が不眠症で休職、ひどい場合は精神的な病気で入院するケースも少なくありません。そこまでいかなくても、教員も保健室や図書室に逃げ込むケースが増えています。

 授業以前の問題として、「毎朝寒い校門前で検温するので、それを嫌がる生徒から暴行を受ける」、「午後5時には強制的に退校を命じられるので、教材研究の時間が取れない」など、良心的な教師ほど多くの問題や悩みを抱えています。

 このような事例は日本だけではありません。ドイツでも「生きていたくない」「学校に行きたくない」と母親にいう子どもが増えています。日本と同じように自殺未遂や精神障害なども増加しています。生徒も教師も追い詰められ、教育現場では癒すことのできない孤独が延々と続いています。また、家庭では父親が家にいる時間が増え、母親や子どもに対する家庭内暴力(DV)も増加傾向にあり、離婚も増えています。これらが子どもたちに深刻な影響を与えているのです。

 このような状況にありながら日本では、文科省が「コロナで休んだ学習の遅れを取り戻しなさい」と指導しています。その結果、ますます「詰め込み教育」が激化しているのです。毎日、各教科が競い合って小テストを繰り返し、夏休みや春休みの課題もどんどん増えています。

 このことは進学率を上げるために一見正しいように思え、一部の教師も父兄もそのように思い込まされていると思いますが、子どもの成長にとって大きな落とし穴があります。そもそも教育とは、本来「詰め込む」ことではなく「引き出す」ことを意味するからです。

「GIGAスクール構想」は「英語で授業」と同じ構図

 ――コロナ騒動のなか、文科省主導で「GIGAスクール構想」()が進められようとしています。

 寺島 教育現場では、教育委員会がパソコンやタブレットを配布、または買わすことを強要しています。目の前に教師がいるのに端末機を使った授業を強要することによって、コロナ禍に加え、生徒と教師、生徒と生徒の距離が今まで以上に拡大し、生徒の孤立に拍車をかけています。さらに、教師の無用な負担が増え、生徒と触れ合う時間を失っている状況にあります。

 私は基本的に小中高のオンライン授業には賛成しません。登校できないのであれば、それは次善の処置として許せます。しかし、子どもが目の前にいるのにパソコンやタブレットを介在させ、直接対話をしないオンライン授業を行うことは、誰が考えてもおかしいでしょう。

 私はこの問題を考えるとき、同じく文科省が推進する「英語で授業」を思い浮かべます。一言でいえば、「教育の原理」ではなく、「政治・経済の原理」に基づくものだからです。文科省の「英語で授業」という政策は、「日本語による説明がない教科書を使い、教室で日本語を使わなければ英語漬けになるので、英語力が上がる」というまったく根拠のない馬鹿げた発想に基づくものです。

 そのようなやり方では無駄な精力を使うだけで、「真の英語力」は絶対に育成できません。ましてや低学年でそれを行えば、バイリンガルどころか、早期英語教育に走った韓国で深刻な問題になっている「反応性愛着障害」や「読書力・母語力の低下」をもたらします。

 なぜならば、多くの生徒にとって日本語で説明しても理解しにくいことを教員は英語で説明しなければならず、理解度が半分以下になってしまうからです。これは、欧米の教材会社や英語学校が儲かるだけの政治・経済に基づく仕組みであると同時に、文科省の植民地的発想に基づくものです。事実、「英語で授業」を行っても日本人の英語の平均学力はほとんど向上していません。停滞または下落しているのです。

 「真の英語力」をつけるためには、まず先生の教えを100%理解することが必要です。そのためには当たり前ですが、日本人である生徒が理解できる日本語で教えなければなりません。

 さらにいえば、「英語で授業」の政策は、良心的な教師であればあるほど、「教室では英語だけを使わなければならない」という精神的苦痛を受けてしまうデメリットがあります。多くの教師は「教室英語会話集」「教室英語の使い方」などの習得のために英語教師としての時間が割かれ、本来必要な「教材内容の研究」「自主教材の制作と研究」「子どものつかみ方の研究」に時間を取れないという本末転倒の事態が起こっています。このままいけば、日本人の「真の英語力」はどんどん落ちていくでしょう。

※:義務教育などを受けるすべての生徒を対象に、1人1台の学習用パソコンやタブレット端末を配備し、高速ネットワーク環境を整備するという国の事業。 ^

(つづく)

【聞き手・文:金木 亮憲】


<プロフィール>
寺島 隆吉
(てらしま・たかよし)
 1944年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。石川県公立高校の英語教諭を経て、岐阜大学教養部、教育学部で教職に就く。岐阜大学在職中にコロンビア大学、カリフォルニア大学バークリー校などの客員研究員。国際教育総合文化研究所所長。元岐阜大学教育学部教授。すべての英語学習者をアクティブにする驚異の「寺島メソッド」考案者。英語学や英語教授法などに関する著書は数十冊におよぶ。美紀子夫人との共訳「チョムスキーの『教育論』」をはじめ翻訳書も多数。

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