2024年11月23日( 土 )

論理的に不可能になった東京五輪開催

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 NetIB-Newsでは、政治経済学者の植草一秀氏のブログ記事を抜粋して紹介する。今回は、「国民の命と健康を最優先する場合、東京五輪を開催することは不可能だ」を訴えた5月11日付の記事を紹介する。

5月10日の衆参両院予算委員会での集中審議で菅首相は東京五輪について、
「選手や大会関係者の感染対策をしっかり講じ、安心して参加できるようにするとともに、国民の命と健康を守ることが開催にあたっての私の基本的な考え方だ」
と10回以上繰り返した。

菅の呪文。

「選手や大会関係者の感染対策をしっかり講じること」
「国民の命と健康を守ること」
がキーワード。

世界でコロナウイルス変異株が確認されている。
東京五輪開催を強行すれば世界中からコロナ変異株が東京に集結する可能性が高い。
「東京2020コロナ変異株見本市」になる。

このリスクを排除できなければ「国民の命と健康を守ること」はできない。
具体的に「選手や大会関係者の感染対策をしっかり講じる」方策を詰める必要がある。

菅首相は「五輪ファーストではないか」と指摘されて色をなした。
「オリンピック・ファーストでやってきたことはない。
国民の命を最優先に守る」
と述べた。

今後の命運を定める言葉を菅首相自身が発した。

海外では早速、菅首相が五輪開催よりも国民の命を優先する方針を示したと伝えられている。
「現在の客観情勢」に「五輪開催よりも国民の命を優先する方針」を当てはめると、得られる結論は「東京五輪中止」になる。
世界のメディアはこの流れの報道を加速させることになる。

菅首相は自覚していない可能性があるが、五輪開催強行シナリオに極めて高いハードルが設定されたことになる。
「安心安全の五輪」と「国民の命と健康の防御」を両立する具体的方法が明示されなければ、菅首相の発言と矛盾し、人々の納得を得ることはできない。

明らかにされなければならないことが3つある。
第一は、五輪開催にともなう外国からの入国者数。
第二は、外国からの入国に関する検疫の手続き。
第三は、「バブル方式」の具体的内容。

この3つが明らかにならなければ「安心・安全の五輪」にならない。
「安心・安全の五輪」でなければ「国民の命と健康」が守られない。

具体的説明が欠けている。
国会審議で具体的内容を細かく確認することが本来求められた。
抽象論で問答してもらちが明かない。
具体論の明示を政府に求める必要がある。

第1の問題。
五輪開催の選手およびコーチ等の関係者だけで1万5,000人を超えると見られる。
この規模の入国者数でも「安全・安心」を確保することは至難の業。

しかし、これ以外に、報道関係者、IOC関係者、スポンサー関係者等の入国が計画されている。
選手を含めた入国者数の総計が明らかにならなければ、「安全・安心」の具体策は確定しない。
総数は6万人とも9万人とも言われている。

第2の問題。
世界的なコロナ感染拡大、変異株出現を受けて、日本の入国規制が強化された。
それでも、水際対策の不備が指摘されている。
より厳格な水際対策が求められている。

東京五輪に際して、選手、関係者などに対する検疫手続きをどうするのか。
1人の例外なく、具体策を定めて、確実に実行しなければならない。

第3の問題。
「バブル方式」は厳格な検疫手続きの下に来訪者を入国させ、日本で市民との接触を遮断し、そのまま帰国させるというもの。
この「バブル方式」の具体的手順、方法が明示されなければ、「安心・安全」は確立されない。
現時点で菅内閣の説明はゼロに近い。

この状態では論理的に東京五輪開催は不可能。
菅首相は自ら設定したハードルを越えていない。

「バブル方式」の肝は宿泊施設、移動場所、交通手段、バブルを出入りするスタッフの管理、である。
五輪選手村を宿泊地とし、練習場と競技会場だけを移動対象とし、交通手段は100%専用輸送手段に限定する。
これが100%実行されなければ「バブル方式」は成立しない。

しかし、来日する6万人ないし9万人の全員に対して、このルールを例外なく適用できるのか。
そもそも、五輪選手村にこの人数の収容能力は存在しない。

選手については「自己手配ホテル」方式が認められている。
選手村に滞在せず、「自己手配ホテル」に滞在する選手が存在する。
「自己手配ホテル」を完全に封鎖できるのか。

完全封鎖とは、一般市民の立ち入りを全面的に禁止すること。
ホテルの従業員も完全泊まり込みでホテルという「バブル」内にとどまり、外部との接触を遮断する必要がある。
来日者数合計が6万人から9万人に達する場合、全員が、日本の一般市民との接触を完全に遮断できるか。

入国者に対して、厳格な検疫手続きを100%適用しなければならない。

日本政府はインド、パキスタン、ネパールからの入国者に対して6日間の宿泊施設での待機を命じる措置を採用した。
遅ればせながらインド変異株への対応を示した。
このルールを完全に適用すべきことは当然。

また、インド、ネパール、パキスタンから、第三国経由で入国する外国人に対する措置をどうするか。
検疫措置を甘くすれば変異株が流入するリスクが高まる。

IOCと日本政府は選手に対してワクチン接種を行うとしているが、選手とコーチなどの直接関係者以外の、IOC関係者、スポンサー関係者、報道陣に対しても同様の措置を講じるのか。
この点も明確でない。

「バブル方式」を主張するなら、訪日するすべての関係者を対象に「バブル方式」を採用しなければ意味がない。
「バブル方式」は選手を守るためだけのものでなく、日本国民を守るための措置であるからだ。

東京五輪では世界の184の国・地域の選手団を受け入れる、あるいは交流するホストタウンに525の自治体が登録している。
事前合宿行われる場合に、移動手段を100%の専用輸送手段で担えるのか。
また、一般市民との接触を遮断した状態を確保できるのか。
多くの疑問点が浮上する。

さらに、五輪運営にかかわるボランティア等のスタッフが「バブル」を出入りすることを排除できるか。
入国者と接触する者は、あらかじめ「バブル」内で待機し、イベント終了後、感染リスクが排除されるまで、「バブル」内にとどまる必要がある。

疑問点を提示したが、要するに、6万人なり、9万人の訪日者をともなう東京五輪を「安全・安心」に実施することは不可能なのだ。
この場合、菅首相が「五輪ファースト」の方針を示すなら抜け穴が生じないわけではなくなる。
国民の命と健康をある程度犠牲にして、五輪開催を強行するとの選択肢が浮上する。

国会審議で野党が追及したのは、菅首相が国民の命と健康を最優先に位置付けずに東京五輪開催を強行するのではないかとの疑念である。

しかし、菅首相は色をなして反論した。
「国民の命と暮らしを最優先する」
と明言した。

現時点での客観事実を踏まえる限り、国民の命と健康を最優先する場合、東京五輪を開催することは不可能であることが明らかになる。
メディアの海外での情報発信はこの論理に基づく。

菅首相が東京五輪の開催強行を主張するには、「安心・安全」を確保する具体的方法の明示が必要不可欠。
東京五輪は論理的に開催不能というのが現時点での動かしがたい結論である。


▼関連リンク
植草一秀の『知られざる真実』

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