ニューヨークとコロナ~予防接種(後)
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大嶋 田菜(ニューヨーク在住フリージャーナリスト)
迷路だが、絶対に迷えない。迷いたくても迷えない迷路だ。兵士たちは気楽な態度で明るい顔を見せている。銃ももっていないようだ。せっかく予防接種にきているのだからと、市民を怯えさせたくないのだろう。ようやく窓口のような所にたどり着くと、もう一度身分証明書、予約済み証明書、アレルギー検査の確認があり、そこからまた兵士から兵士へとベルトで仕切られた空間を進む。そして、ようやくワクチンコーナーにたどり着く。
数人が同時に接種を受ける。今日は混んでいないが、混んでいる日は何十人も同時に受けるに違いない。簡素で茶色い安っぽい樹脂テーブルがいくつも並んでいて、各テーブルに看護師が1人立ち、座っている「お客さん」にワクチンを打つ。看護師たちも賑やかに笑い、おしゃべりをしている。そこはガラス壁に近いため、日光が強く、病院より居心地がいい。そこにいるスタッフもやはり移民が多いらしく、移民の街・ニューヨークは「誰もがニューヨーク人になれる」というよく聞く言葉が、ここジャヴィッツに来るとまさに本当だと感じられる。
金髪のラテン系の看護師が楽しそうに、黒人の看護師と話し合っている。今日も何十本も打ったという。緊張している若い東洋人の女性の「お客さん」に笑い話をしてから、一瞬黙ると一気に腕にワクチンを打ち込む。わずか2、3秒。打ってもらった「お客さん」はその後、奥にある待合室で15〜30分、折畳式の椅子に座って待つ。予防接種によるアレルギー反応など珍しくないからだ。そういう反応が出ないようにするには水をたくさん飲むのが良いということで、ペットボトルを無料で配ってくれる。どこもかしこも漂白剤の匂いが漂っている。
センターの出口近くには大きなコルクボードが2つある。そのすぐ横の机の上にはメモパッド、ボールペン、押しピンなどが置いてあり、接種を受けたばかりでホッとしている市民が感謝の言葉などを書いている。「ニューヨークの看護師さんとお医者さまへ、ありがとう」「全然痛くなかったー!」「ニューヨーク大好き」「注射ありがとう」など、英語だけではなくさまざまな言語で、情のこもったメーセージがいくつも貼ってある。
外に出ると、長い旅から帰ってきたような感じがする。ハドソン川の向こう側は静かなニュージャージー。街路やビルに囲まれたこんな狭い川でも、毎年何百匹ものクジラがやってくるという。パンデミックなど関係なく、北から南へとそれこそ長い旅をするクジラたちが、ハドソン川という近道を潜って、その立派な尾を水面にいったん出してはまた柔らかい水のなかに沈んでいく。そんなイメージが浮かんだ。
(了)
※画像は著者提供
<プロフィール>
大嶋 田菜(おおしま・たな)
神奈川県生まれ。スペイン・コンプレテンセ大学社会学部ジャーナリズム専攻卒業。スペイン・エル・ムンド紙(社内賞2度受賞)、東京・共同通信社記者を経てアメリカに渡り、パーソンズ・スクールオブデザイン・イラスト部門卒業。現在、フリーのジャーナリストおよびイラストレーターとしてニューヨークで活動。関連キーワード
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