『パナマ文書』を超える、山形をめぐる三篇(9)~作家・藤沢周平で持っている鶴岡市
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信義篤い庄内藩の伝統
承知の通り、庄内藩の大名・酒井家は徳川譜代として、最後まで政権を支えてきた。歴代藩主たちは、藩民のために良政を行ってきた。酒井家は徳川幕府に20万石を要請したが、13万8,000石しか受領できなかった。しかし、西廻りルートが活発になり、本間光丘のような名経営者の登場で、酒田港は繁栄の一途をたどった。おかげで、その商売から水揚げされる上納金を含めると、実質30万石の藩に匹敵する実収入があったようだ。
江戸時代、一度も転付がなかった酒井家は、徳川政権のために信義を貫いた。幕末の戊辰戦争においても終始、討幕軍に対して反抗の先頭役を担った。討幕軍との東北戦争においても、同盟軍会津藩・米沢藩が降参しても、庄内藩の軍は最後まで戦い抜いた。その裏では、本間家が軍事費を捻出してくれていた。おかげで最新式の武器を確保できたから、討幕軍と互角の戦いが可能であったと言われる。まずは庄内藩の伝統は、『信義を貫く』ことであった。その体現者が、現代流に言えば小説家の藤沢周平であろう。
故郷を想い歴史小説創作に没頭する
鶴岡市を訪れると、まず視察に行く先は鶴岡城跡地しかない。この城跡地を中心にして鶴岡市役所などがあり、現在でも町の中心を形成している。その城跡地のまた中心部に、モダンな『鶴岡市立 藤沢周平記念館』がある。2010年4月29日建てられた。なかなか未来を表現した造りは、名のある設計士が考案したのであろう。来訪者はひっきりなしに訪れていた。鶴岡市の名物の第一番手は、『藤沢周平記念館』と評価して良いだろう。NHKでもしばしば藤沢周平の時代劇ドラマが流されている。国民作家的な存在なのである。
藤沢周平の作家人生は、まさしく『忍耐』という一言に尽きる。藤沢周平は、1927(昭和2)年12月26日に鶴岡市に生まれる。終戦後の翌年1946年に、山形指南学校(現在の山形大学教育学部)に入学する。卒業後、教員の職に就く。ところが、不幸にも肺結核に襲われる。やむなく教職を断念、52年に東京で手術する。59年、同じ故郷の出身の年下である三浦悦子と結婚。一女を儲けるが、妻悦子は急逝する。60年から業界記者として働きながら執筆活動を展開。74年から作家に専念する。作家としての円熟期は、80年から95年の間であろう。97(平成9)年1月20日に永眠。70歳まであとわずかで没した。若いときの肺結核が災いしたのか!!国民作家に到達するまでは、まさしく『忍の一字』の努力であった。
晩年は故郷・鶴岡への郷愁が創作のバネ
『忍耐』とは東北人の特性と言われているが、鶴岡の風土もまさしく『忍の一字』である。悦子という最愛の妻とも死に別れるという儚い人生体験を経て、藤沢周平の創作の原点を我が故郷に求めたようだ。それも歴史小説に体現しようとした。以前に触れたが、藤沢作品のなかで、筆者の一番の愛読書は『密謀』である。関ヶ原合戦が起きる前のことだ。徳川家康側に対して、石田三成と上杉景勝コンビが東西二面から攻め込む大作戦の経緯を小説にしたものである。藤沢の作品のなかで、これだけのスケールの大きいものはない
テレビ化されたもので大好きな作品は、『三屋清左衛門残日録』である。演技役者・仲代達矢の好演に惹かれてしまったからであろう。この物語の原点は、庄内藩の武士の暮らしぶりである。藤沢のたくましい想像力が、この名作を生んだと思う。そして最大の傑作が、『海坂藩大全(上下)』である。短編作品で構成されている。この仮想の海坂藩は、庄内藩をモデルにしているのではなかろうか。この短編総特集のなかから、江戸時代の武家、庶民たちの生活ぶりが鮮やかに浮かんでくるのである。
270年近い徳川幕府の時代の一齣、海坂藩で多様なドラマがあったのである。藩主の圧政に、気骨ある武士の存在、藩用人(家老職)の傍若無人を許す側近への暗殺、横暴な亭主(武士)の妻の駆け落ち…。字数に限度があるので省略するが、まずは読んでいただきたい。読者に「江戸時代、東北の庄内藩での暮らしぶりがこうなのか」と勝手に想像させる藤沢の手法には、ただただ感服させられる。故郷への強い情念が、読者を巻き込んでいくのであろう。
筆者は断じる。「藤沢と同レベルの筆力があったとしても、高鍋藩を元に創作してもヒットしない」と。やはり藤沢が国民作家になり得たのは、「国民に感銘を与える庄内藩の気風・風土があったからこそ」と強調しておきたい。鶴岡駅周辺は人通り疎ら
鶴岡城跡地での庄内藩の歴史的偉業を学び、藤沢周平記念館であらためて彼が作家として残した偉業を再認識した。その後で、鶴岡駅周辺を歩いて見た。昼間、人通りが疎らである。鶴岡駅発の列車本数は、1日12本前後である。地方のどの都市も同じ宿命を抱えている。過疎化問題である。「現状では、鶴岡市も活気を失っていく地方都市の1つか」との懸念を抱いて、この町を離れた。
(つづく)
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