2024年12月23日( 月 )

福島第一原発事故後に見られた「黒い土」はなぜ高い放射線を出したのか?~原因を解明した論文が公開(後)

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福島自然環境研究室 千葉 茂樹

 福島第一原発事故後に見られた「黒い土が高い放射線を出した原因」を解明した筆者らの論文()が、2021年6月30日発行の『環境放射能除染学会誌』に掲載された。論文の概要を以下に紹介する。

まとめ~黒い土が高い放射線を出した理由

福島自然環境研究室 千葉 茂樹 氏
福島自然環境研究室 千葉 茂樹 氏

 まず、スメクタイトは粘土鉱物(粘土をつくる細かい粒々)であり、人工物でなければ、土壌中に大量に存在する。また、スメクタイトは、層状構造(本のような状態)である。以下に、放射性セシウムがスメクタイトに濃集した原理を書く。

 雨が降ると、雨水は地面を地表水として流れる際に、地表水は岩石や土壌を巻き込んで、その成分を溶かす。そのため、この水には金属(Ca(カルシウム)・Mg(マグネシウム)・Na(ナトリウム)・K(カリウム)など)のイオン(金属が水に溶けた状態)が多く溶けている(CaやMgを「アルカリ土類金属」と分類するのはこのため)。

 このなかには、セシウムイオンもあり、これの金属イオンはスメクタイトの層間に入り込む。原発事故により、地表に多くあった放射性セシウム(イオン)も、スメクタイトに(層間イオンとして)取り込まれた。しかしこの状態では、放射線量はさほど高くはならない。高い放射線を出すためには、放射性セシウムがスメクタイトに濃集する必要があるため、放射性セシウムの濃集の仕組みを説明する。

 雨が降ると、地表水の量が増す。このとき、スメクタイトの層間では、含まれている金属イオンが水素イオン(雨水に多く存在)と置き換わって流れ出す(Ca・Mg・Na・Kなどは量が減る)。しかし、今回の実験結果からわかったことであるが、セシウムイオンはスメクタイト層間から移動しにくい。そのため、次に雨が上ると、地表水の量が減り(供給がなくなり、かつ水は蒸発する)、スメクタイトの層間では水素イオンが少なくなり、金属イオンの濃度が上がる。その次に雨が降ると、多くの金属イオンはスメクタイトの層間から出ていくが、セシウムは残る。雨が降る・干上がるという繰り返しのなかで、放射性セシウムの濃度が徐々に増して、放射線量率も徐々に上昇する。放射線がたくさん出るのだ。

 次に、「高い放射線を出す黒い土」ができた原因を説明する。粘土粒子(スメクタイトなど)は細粒である。雨のとき、地表水は粘土鉱物を含んで流れて水溜りに溜まる。しかし、さらに地表水が流れ込むと、微粒子のため粘土鉱物は下流へと流れ出してしまう。しかし、腐植やアスファルトなどの「凝集の起点(くっつくポイント)」があると、粘土鉱物はこれらに絡みついて離れず、粘土鉱物を含む地表水が流れてくればくるほど、腐植やアスファルトなどに粘土鉱物が絡み付いていく。そして、その水溜りが乾燥すると、マコロンのような外観の「黒い土」になる。腐植やアスファルトが多いため色は黒く、スメクタイトが多いため放射線量率も高い。黒い土が見られるのは、上記の仕組みを裏付けるように、住宅地・道路脇・駐車場などの窪地(水溜りの跡)である。

学会の論文審査の問題

 学術論文の原稿を学会に投稿すると、その分野の専門家である審査員(査読者)により、論文として認めるかどうかについて審査が行われる。今回、『環境放射能除染学会誌』に掲載となった論文も、2016年の投稿の際に審査で不合格となったものである。筆者は今回、鈴木氏の原稿を書き直して論文にしたが、この原稿は16年の時点で論文になるべきものだったと考えている。確かに鈴木氏は体調が悪く、誤字脱字があり不完全な文章もあったが、査読者は専門家のため、その内容の重要性を認識した上で、単純な間違いを指摘して論文にできたはずである。

 筆者の「2019年の二本松市の空間線量率」の論文も同様に、20年に某学会の査読者から、支離滅裂な指摘を受けた。査読者の指摘を見ると、この査読者はすでにほかの学会誌に公表されている論文の内容を知らないことが明らかであり、査読者自身が勉強していないことがよくわかった。筆者は、この論文も某学会から取り下げ、他の学会誌に再投稿して論文にしてもらった。

 福島第一原発事故は、これまで人類が経験したことのない事故であり、福島県あるいは関東圏はある意味で「広大な実験場」である。従って、論文の内容も「これまでにないもの」が出てくる。これを踏まえて考えるならば、これらの研究論文は「従来の定説と違っていても、論理に矛盾がなければ論文として通すべきである」と考えている。筆者はほかの論文でも経験しているが、日本では、従来の研究と異なる論文の場合、審査に通らない場合が多いため、審査に通った論文は、ある意味で「金太郎飴的な論文」が多い。

 上記2つの論文を、リジェクト(論文として不可)したのは同じ某学会であり、再投稿したものを論文として認めたのは共に「環境放射能除染学会」であった。それぞれの学会の体質がうかがえる。筆者らの論文を認めていただいた環境放射能除染学会の副編集委員長安原昭夫氏(当時)への感謝の念が堪えない。

※:この論文は環境放射能除染学会HP より、ダウンロードできる。京都大学名誉教授・吉田英生氏のHP(PDF)にも掲載された。 ^


千葉 茂樹 氏<プロフィール>
千葉 茂樹
(ちば・しげき)
福島自然環境研究室代表。1958年生まれ。岩手県一関市出身。専門は火山地質学。2011年3月の福島第1原発事故の際、福島市渡利に居住していたことから、専門外の放射性物質による汚染の研究を始め、現在も継続している。

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著者の論文などは、京都大学名誉教授吉田英生氏のHPに掲載されている。
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この他に、「富士山、可視北端の福島県からの姿」などの多数の論文がある。

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