政治経済学者 植草一秀
7月23日の石破首相と麻生、菅、岸田の元首相3氏との会談で石破首相の退陣が協議されたと見られる。8月中旬まで政治日程が立て込んでいる。1日に臨時国会召集。参院議長選出が行われる。6日に広島、9日に長崎で平和祈念式典が開催される。15日には戦没者追悼式が開催される。
本年は敗戦から80年。重要な節目を迎える。日米関税交渉は概要が決着したが8月1日の発効が予定されている。8月中旬まで現体制で進み、一連の政治日程が完了する段階で首相退陣が正式に表明されることになったと見られる。それまでは出処進退問題を表面化させない可能性が協議されたと見られる。しかし、方向が明確であるから、事態推移は前倒しになると予想される。
焦点は早くも自民党の次期党首選出および新しい内閣の枠組み作りに移行。自民党次期党首選出では昨年の党首選に出馬した候補者が軸になると見られる。高市、小泉、林、小林、加藤、茂木、河野の各氏の名が挙がる。
問題は自公が衆参両院で少数であるため、野党の動向で自民党党首が首相に選出されない可能性があること。野党が結束すれば野党代表が首相に選出される。参院選で自民党支持の極右層が参政党支持に回った。党勢を回復するには極右支持層を自民党支持に引き戻す必要があるとの主張が示される可能性がある。この場合に浮上するのは高市氏と小林氏。この勢力が勝利するには候補者一本化が求められる。しかし、この場合、参政党を除く野党が極右内閣誕生を阻止するために結束する可能性がある。
野党との連立を実現できる新党首を選出すべきとの主張も浮上する。他方、衆参両院で自民が少数に転落したことを受けて、自民が野に下る選択をするべきとの主張も浮上している。野党に政権を委ね、その上で捲土重来を期すとの考え方。応仁の乱の参院選が終結して、政局は戦国時代に移行する。政局流動化が何年続くのか。石破首相は首相就任1年を経ずに退陣に追い込まれる可能性が高い。2006年から2012年まで毎年首相が後退する時代が続いたが、この局面以上に混迷を深める政局戦国時代が到来すると想定される。
今回参院選で参政と国民の伸長が際立ったが、両政党は有権者の一部にターゲットを絞る戦術を採用した。過去の選挙実績において若年層の投票率が著しく低かった。逆に言えば、若年層において採掘可能な埋蔵票が大量に存在した。この「若年埋蔵票」を掘り起こすと一気に情勢が変わる。このことから、これまで投票率が低かった若年埋蔵票の掘り起こしを実行した。これが効果を上げたと言える。
しかし、次の選挙からは各陣営が若年層に向けてのアピールを競い合うことになるから競争は激化する。参政は自民党が石破氏を党首に選出したことで極右層が反発していた間隙を縫って極右層の取り込みを行った。自民党旧安倍派が党外の政党に主戦場を移したとも言える。自民党旧安倍派は統一協会とのつながりが深かったが、統一協会と幸福の科学が相乗りして参政の基盤に載ったとも考えられる。しかし、政界全体で極右が主流を占めているわけではない。したがって、今後の政権の枠組み創作は試行錯誤を繰り返すことになる。
考えられるケースは以下の3つ。
第一は自民が極右党首を選出し、参政、保守などと少数与党政権を創出するケース。この場合、高市政権が樹立される可能性がもっとも高い。
第二は、自民が野党と連携できる新党首を選出し、一部の野党と連立政権を樹立する。この場合、新首相には野党党首が起用される可能性が高い。
第三は、野党が連立内閣を創設するケース。この場合は国民民主の玉木雄一郎氏を首班とする可能性が高いと見られる。しかし、いずれのケースも順風満帆とならない。
第一から第三のすべてのケースで短命政権になると予想される。新たに樹立される政権が崩壊する際には、解散総選挙が実施されるだろう。その選挙を経ても安定政権は樹立されない。政局戦国時代の到来だ。
CIAの基本戦略は日本の政治体制を対米従属の二大勢力体制にすること。自公の賞味期限が切れたため、CIAは「第二自公」創設に力を注いできた。2008年に『CHANGE』という政治ドラマを放映。2009年に「みんなの党」が創設された。その後、「維新」、「希望の党」、「国民民主」、「石丸」、「参政」へと「第二自公」=「ゆ党」創設の試みが続けられてきた。ところが、一つの誤算があった。それは、各勢力の幹部の個利個略が激しいこと。船頭になりたい者が多すぎる。「船頭多くして船山に登る」のである。
自民が大敗したのは「極右」が自民から離れたためだ。「自民極右」と「保守」、「参政」は極めて近い属性を有する。この3勢力が一つになって「極右新党」を構築するのが分かりやすい。「自民中道」と「国民」も属性が近い。「新自民」を創設すればよい。弱体化したのが「革新野党」。共産、れいわ、社民は基本政策を共有し得る。縄張り争いをするよりも連帯する方が主権者支持を集めやすいだろう。
選挙戦術上は「若年埋蔵票」の掘り起こしが最重要。「革新野党」のなかでこの取り組みを続けてきたのが「れいわ」。結果として、れいわだけが参院比例代表での得票を大幅に増やした。「革新野党」勢力が一つにまとまって対応すれば、この勢力が三極の一角を占めることになる。
実はフランスもドイツも政治勢力は「三極鼎立」である。「極右」、「中道」、「左派」が三極鼎立を構築している。「三極鼎立」のメリットは主権者に適正な選択肢が提示されること。主権者が意思を表示したいのに、意思を受け止める政治勢力が不在では意思は行き場を失う。主権者の前に分かりやすい選択肢が示されることが重要だ。
この意味で迷走しているのが立憲民主。2017年に創設されたときは「革新野党」の旗印と捉えられた。その結果として躍進した。しかし、21年総選挙で突如の右旋回。枝野幸男氏が野党共闘を否定して連合、国民民主との共闘を宣言した。ここから立民の凋落が始動した。
今回参院選で立民は自公と足並みを揃える対応を示した。自公と足並みを揃えて「減税否定路線」を示した。「食品税率1年ゼロ」は「本格減税」と程遠い。自民と足並みを揃えて「ザイム真理教」所属を鮮明にした。そのために党勢伸長に失敗した。立民の右半分は「自民中道」と合流するのが適正だ。立民の左半分は「革新野党」と連帯して新党創設を目指すべきだ。政局戦国時代に移行するから、逆に自由な発想で新しいビジョンを描ける。下剋上も当たり前になる。状況変化を前向きに捉えることが重要だ。
<プロフィール>
植草一秀(うえくさ・かずひで)
1960年、東京都生まれ。東京大学経済学部卒。大蔵事務官、京都大学助教授、米スタンフォード大学フーバー研究所客員フェロー、早稲田大学大学院教授などを経て、現在、スリーネーションズリサーチ(株)代表取締役、ガーベラの風(オールジャパン平和と共生)運営委員。事実無根の冤罪事案による人物破壊工作にひるむことなく言論活動を継続。経済金融情勢分析情報誌刊行の傍ら「誰もが笑顔で生きてゆける社会」を実現する『ガーベラ革命』を提唱。人気政治ブログ&メルマガ「植草一秀の『知られざる真実』」で多数の読者を獲得している。1998年日本経済新聞社アナリストランキング・エコノミスト部門第1位。2002年度第23回石橋湛山賞(『現代日本経済政策論』岩波書店)受賞。著書多数。
HP:https://uekusa-tri.co.jp
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