今年5月に弓道の写真集を出版した。父を師として、42歳から弓を始め、弓歴は30年を過ぎた。弓を初めた頃から30年かけて撮影してきた、名人といわれる先生、弓道大会、弓にまつわる演武や祭などを載せた写真集だ。長年、弓を続けてきた者として、弓についてつづる。
手薬練を引く
薬練(くすね)とは松脂(まつやに)に灯油を混ぜてつくったもので、粘着力が強いゼリー状のものもある。
弓を引く前に弓に弦をかけるが、弦の手入れとして3㎝ほどの小さな草鞋(わらじ)に薬練を塗り、弦に対して上下に摩擦をかけて繊維を整える。草鞋が熱で熱くなるほど、薬練を塗ってゆくが、草鞋は切れた麻ぐすねを利用してつくる。草鞋づくりの経験も、弓の上達の証だ。
薬練は弓具店でも販売されており、今はチューブ入りのものもあるが、筆者は固形のものを使っている。固形の薬練は、硬めの夏用と柔らかい冬用がある。
薬練は、矢の仕掛けをつくるときの接着剤として使用されている。仕掛けとは矢を飛ばすため、筈(はず)の大きさに合わせて、緩くもなくきつくもなく矢が落ちない程度に仕上げる。そのため、個人によって長さや太さが異なる。
仕掛けづくりはほとんどの人が木工ボンドを使うが、長く弓を続けている高段者は、今でも薬練で固めてつくるというこだわりの人もいる。バイオリン用のものは固形の松脂として売られている。「手薬練を引く」は転じて、十分用意して待ちかまえる、準備して機会を待つという意味だ。
矢継ぎ早
「矢継ぎ早」とは、弓の引き手が間隔をおかずに次から次に矢を番えて、絶え間なく矢を放つことである。筆者は弓道を始めて2年目に、鹿児島県出水市弓道場に薩摩日置流の腰矢指矢の演武を見学に行った。鎧、甲、などの具足を装具して、戦国時代さながらの実戦的な演武であった。次から次に敵に矢を射る動作は、まさに矢継ぎ早であった。

薩摩日置流 腰矢刺矢 鹿児島県出水市弓道場
一矢を報いる
「一矢を報いる」とは、敵に対して、1本の矢を効果的に射返すことから発している。転じて、相手の攻撃、論戦に対して少しでも反撃や反論を返すことである。
二の矢を射る
二の矢とは、2番目に射る矢のこと。矢は甲矢(やは)と乙矢(おとや)の2本で1組である。羽を後から見ると、甲矢は左、乙矢は右に捻れたスクリュー状の羽となっている。
矢を放つと甲矢は左回転、乙矢は右回転して飛んで行く。二の矢とは乙矢のことだ。「二の矢を射る」は転じて、次に打つ手段、次の手を講じるという意味だ。
白羽の矢が立つ
日本古来の風習、伝統によると、生贄になる少女の家の屋根に目印として白い矢を立てた。
そのため、犠牲として選ばれること、多くのなかからこれぞと思う人が選び出されることを「白羽の矢が立つ」という。
正鵠を射る
的の中心に矢が中ること。道場では、的心(てきしん)とも言っている。転じて、物事の要点をうまく捉えることを指す。
図星
弓道の星的は直径36㎝で、中心が12㎝の黒点となっている。その中心の黒点を図星という。転じて、最も肝心なところや、人の指摘などが正にその通りであることを指す。
福岡市東区 志賀海神社の歩射祭 毎年1月に開催
大的の中心の黒丸が図星

大的の中心の黒丸が図星
一騎当千
馬に乗った武将が、1人で1,000人の敵を倒すほど強いこと。
自分勝手
弓道では左手を弓手(ゆんで)、右手を勝手(かって、または妻手(めて))という。右手で弓を引き納めると折畳んだかたちになり、引き納めた弦をいかに快便に離して矢の勢いを左右するかということも、勝手の使い方による。筆者は、勝手の使い方が弓で最も大切であると最近感じるようになった。
引き分け
弓道は射法八節を基本とする。足踏み、胴づくり、弓構え(ゆがまえ)、内起こし、引き分け、会、離れ、残心(残身)の8つである。「引き分け」は弓を左右均等に引き分け、これ以上力を込められないと判断して満を持したところで、胸の中筋を中心に矢を放つ。「引き分け」は転じて、勝負がつかないことに使われるようになった。
その他
「矢面に立つ」「矢を向ける」「矢の催促」「矢でも鉄砲でももってこい」など、弓に関係する語源の言葉は多い。
<参考文献>
『弓道教本一巻』 (公財)全日本弓道連盟
『現代弓道小辞典』 弓道範士九段 春原平八郎著
『弓具の雑学辞典』 日本文芸社
『広辞苑』 岩波書店
(了)
福岡地区弓道連盟会員
錬士五段
池田 友行