2024年11月16日( 土 )

【熊本】JR肥薩線と空港アクセス鉄道 “国策”も追い風(後)

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 昨夏の熊本豪雨に襲われたJR肥薩線「八代―吉松」間は復旧めどが立たないまま1年が経過。JR九州は復旧費も明かさず廃線の危機に直面する。一方、16年春の熊本地震で被災した熊本空港復興の一環で計画されたJR豊肥線と空港を結ぶアクセス鉄道は、熊本県が費用便益比1.0超と試算、事業着手の端緒を開いた。明暗を分ける2つの鉄道の現状を紹介する。

   南のJR肥薩線と対照的に熊本県が計画中の「熊本空港アクセス鉄道」は、ルートや事業の採算性などの詳細な検討に入った。同県に集積する半導体産業が「国家事業」と位置付けられ、国が半導体生産の拠点づくりを支援することも、心強い後押しになるとみられる。

 熊本空港へのアクセス鉄道計画は、16年4月の熊本地震から生まれたと言っても過言ではない。震災からの「創造的復興」を掲げた熊本県に、国は空港を民間委託するコンセッション方式の導入で応えた。全国で仙台、高松、福岡に次いで4例目、九州で2カ所目。熊本空港の旅客数は鹿児島を下回っていたが、それでも三井不動産を代表に11社が出資する特定目的会社「熊本国際空港」を設立。19年5月、国交省と空港の運営、管理などに関する契約を結び国際化に始動した。

 特定目的会社は採算性を確保するため、国際、国内を問わず路線開拓に取り組む。「ポートセールス」と呼ばれ、ビジネス客や観光客に“便利な空港”を訴求する。しかし熊本空港は、JR熊本駅から直行バスで1時間、ラッシュ時は1時間半前後かかる。

 そこで、熊本市から郊外に走るJR豊肥線を空港に延伸する鉄道の計画が浮かんだ。ルートは、豊肥線三里木駅(菊陽町)から分岐して、スポーツ大会に使われる熊本県民総合運動公園(熊本市)経由で空港と結ぶ。熊本県は、延長約10kmの単線高架鉄道で建設費約380億円、乗客は28年度開業時で1日6,900人と試算した。

 19年2月。熊本県とJR九州が、この試算を基に初めて協議。鉄道は第3セクターで建設し、運行はJR九州に委託する。開業後、豊肥線の増収分からJR九州が鉄道建設費の最大3分の1を負担することで合意した。

 しかし採算を危ぶむ声が根強かった。熊本県はルートや需要予測などを練り直し、JR九州との協議後に作成した別の試算を修正した調査結果を、今年6月定例県議会に報告した。建設費は国と県が3分の1補助、JR九州の負担を仮定。開業後40年以内に累損を解消し黒字転換するとした。

 ルートは延長8.8km~9.0km。地下トンネルで三里木駅周辺の市街地を抜けて県民総合運動公園付近に設置する駅舎経由で空港に。三里木駅と空港との高低差は85mと大きく、概算工事費は435億円~450億円。工期は8年。

 需要予測は、33年度末開業、1時間あたり2.5本(片方)、運賃は三里木―空港間を「420円」などと仮定すると、乗客数は1日平均5,000人。公共事業は費用便益比1.0が着手の目安とされるが、アクセス鉄道は30年間で1.04という。

熊本県が6月定例県議会に報告した熊本空港アクセス鉄道のルート
熊本県が6月定例県議会に報告した熊本空港アクセス鉄道のルート

 異論は依然くすぶっているが、ここにきて“追い風”が吹き始めた。国が半導体生産を国内回帰に切り替えたのだ。熊本県は1970年代から80年代にかけて半導体工場が集積。その後、陰りが見えていたものの、画像センサーで世界トップを走るソニーグループの主力工場の1つが三里木駅から阿蘇方面に向かう次の原水駅近くに立地する。

 国は、半導体生産の海外依存を見直した。世界の半導体大手、台湾・TSMCを誘致し、国内の半導体メーカーとの連携を勧めて半導体の自国生産を支援する。見直す柱の1つがソニーグループとTSMCとのタイアップ。ソニーグループは、現工場の隣接地に菊陽町が造成中の工業団地を取得する方針をすでに表明。TSMCとの合弁会社による生産拡大を計画しているとみられる。

 空港アクセス鉄道は、“国策”とも無縁ではない。整備新幹線にみられるように、国策と絡む鉄道建設は整備と営業を分離する「上下分離方式」が一般的。全額国費といかないまでも、熊本県や沿線自治体が負担分を資金調達する地方債を発行、償還の際に国が交付税で補てんするような方法も考えられる。

 九州では、新しい軌道系公共交通機関の建設は計画を含めて福岡市と周辺に集中する。その一方で自然災害は大規模化して発生頻度が高まっている。採算をまったく度外視できないにしても、公共投資の配分に斬新なアイデアが生まれてもいい時期と思える。

(了)

【南里 秀之】

(前)

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