2024年12月23日( 月 )

ストラテジーブレティン(284号)なぜ、大きな政府が必然的なのか~その投資への含意(3)

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 NetIB‐Newsでは、(株)武者リサーチの「ストラテジーブレティン」を掲載している。
 今回は2021年7月13日付の記事を紹介。


 バイデン政権が登場し、大きな政府への流れが決定的になった。この急旋回は、コロナが原因となって起きたものではなく、コロナは単にきっかけに過ぎない。底流で進行していたレジーム転換が一気に表面化したものと考えられるので、この流れは不可逆的なものであろう。賢い政府が今ほど求められるときはない。

(3)大きな政府を必然とする要因、2.潤沢な貯蓄と需要不足

 コロナパンデミックが起きる前から世界経済は、物価低下圧力=需要不足と、金利低下圧力=金余りという2つの問題を抱えていた。先進国経済の3分の1で長期金利がマイナスに陥るという異常事態にあった。またデフレによる経済成長の下方屈折という危機が進行していた。需要不足はグローバリゼーションの進展とインターネット・AI・ロボットによる技術革命により生産性が押し上げられ、供給力が高まっていたために引き起こされた。金利低下は民間(とくに企業と富裕層)の高利潤が遊んでいるために引き起こされた。つまるところ、デフレ圧力と異常低金利は、尋常ではない貯蓄(=購買力の先送り)と需要不足によってもたらされた。

 そうした環境は、ケインズが直面した1930年代の世界大恐慌下の経済状態と類似している。金利低下が臨界点に達し貨幣選好が極端に進み、金融政策が無能化する「流動性の罠」が典型的症状である。当時と同様、財政による需要創造が強く求められる場面といえる。よってコロナパンデミックが起きようと起きなかろうと、財政と金融双方の拡張政策で余っている資金を活用し、需要を喚起することが必要であった。財政節度という今の時代にまったく適合していない呪文から解き放たれることは、本来最も必要なことであった。

 大恐慌が「ゆりかごから墓場まで」の近代的社会保障制度の起点になったように、コロナパンデミックが社会的セーフティーネットの飛躍的拡充、ユニバーサル・ヘルスシステムの登場、ユニバーサル・ベーシックインカムの時代を開くかもしれない。財政赤字の処理、大膨張する中央銀行信用の処理、中央銀行の独立性の維持など、多くの懸念が指摘されるが、コロナ危機終息の後になってみなければ本当に問題であるかどうかわからない。むしろ成長の加速が問題を自ら解消するという可能性の方が大きいのではないか。

 これまでの経済常識の観点から、空前の財政赤字はモラルハザードを引き起こし、インフレや金利上昇など禍根を残すとの批判が語られている。しかし現実はまったく逆ではないか。レーガン・サッチャー以降の新自由主義の時代においては、供給力不足と貯蓄不足が経済のボトルネックであり、インフレが最大の経済リスクと考えられていた。故に新自由主義の経済学はサプライサイドの強化に注力するサプライサイダーであった。

 しかしここ10年来の世界的な低金利は、貯蓄が豊富で、需要が慢性的に弱いことを示している。ということは、財政赤字がダメージをもたらすことはなく、むしろ必要であるというべきなのかもしれない。経済学と経済政策の軸が明らかにディマンドサイドにシフトしつつあるといえる。経済学者でもあるイエレン米財務長官は「歴史的低金利の現在、大規模な経済対策は雇用と経済成長を加速し、恩恵がコストを大きく上回る」と主張し、米国の大半のエコノミストの支持を得ている。これまで貯蓄不足を懸念し財政赤字を厳しく批判してきたIMF、世銀などの国際機関も主張を大きく転換させている。

図表7: 財政赤字とFRB国債保有額の対GDP比推移 
図表7: 財政赤字とFRB国債保有額の対GDP比推移 

 政府債務に対する考え方は大きく変わってきた。

 欧州では南欧諸国、とくにギリシャが世界金融危機の後、債務返済で苦境に陥ると、ユーロ圏の経済大国や国際通貨基金(IMF)は大幅な財政支出抑制を促した。その結果、景気回復どころか、ギリシャの経済状況は一段と悪化し、財政赤字も拡大した。IMFは後から振り返るかたちで判断が誤っていたと認め、幅広い検証作業を実施。当時チーフエコノミストだったオリビエ・ブランチャード氏は、とくに危機のさなかで総需要が弱い局面では、財政支出の有効性は際立っているとの結論を下した。

 それから数年後、異端視されていた財政支出に大きな役割を与える現代貨幣理論(MMT)が注目を集めるようになり、これまでの主流派エコノミストも政府債務の概念を根本から見直し始めている。ブランチャード氏もその1人だ。同氏は、ある国の金利水準が経済成長率より低い場合―これは現在の多くの先進国に当てはまるのだが、公共投資を手控えるべきではないという考え方を提示した。

(ロイター1月21日付、ハワード・シュナイダー記者コラム)

 イエレン次期財務長官の宣言は、この異端視されてきたMMTなどの議論をワシントンの政策中枢に招き入れたものと言ってよいだろう。

図表8: G7政府総債務対GDP比  図表9: G7政府利払い対GDP比 
図表8: G7政府総債務対GDP比 
図表9: G7政府利払い対GDP比 

(つづく)

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