「黒い雨」判決と福島原発事故~あまりにも遅い救済(前)
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福島自然環境研究室 千葉 茂樹
当時の住民ら84人が訴えた「広島原爆後の『黒い雨』降下による被曝の救済」が7月14日、広島高等裁判所の2審判決でほぼ全面的に認められた。原爆投下から76年、あまりにも遅い救済判決だ。被告は実務を司る「広島県」「広島市」とされるが、事実上は「厚生労働省」である。政府は7月26日、上告を断念して原告に被爆者健康手帳を交付することになった。黒い雨裁判と福島原発事故の問題を考えたい。
1.「黒い雨」とは
太平洋戦争末期の1945年8月6日午前8時15分、広島市中心部の上空約600mで、原子爆弾「リトルボーイ」が炸裂した。
この原子爆弾の炸裂により、大量の放射性物質が生産されて大気中に拡散し、地表にも降下した。これらの微粒子は放射性降下物と呼ばれ、一般には「死の灰」とも呼ばれる。「黒い雨」が降った経緯は以下の通りだ。
原子爆弾が炸裂し、その中心部は原子核分裂で生じるエネルギーで超高温の火の玉となった。同時に体積が急増し、爆風と超高温が周辺部に広がった。さらに火の玉周辺では、急激な上昇気流が生じ、キノコ雲となった。地上では、強烈な熱で地上にあったほとんどのものが焼けて、直後に急激な上昇気流となり、黒い煤をともなった積乱雲が生じた。
この積乱雲のなかで、煤と放射性物質を含んだ塵が凝集の核となり「黒い雨」が降った。原爆炸裂後の降雨は2度あったとされ、1度目はキノコ雲からの雨、2度目は積乱雲からの物である。「黒い雨」は煤混じりで、2度目の降雨である。
「黒い雨」が降った範囲は、宇田雨域(1953年)、増田雨域(84年)、大瀧雨域(2011年)と見解がわかれる。降雨の範囲は宇田雨域が最も狭く、厚生労働省は宇田雨域を基準に被爆者手帳を発行してきた。
2.「広島高等裁判所の判決」の重要ポイント
国(厚生労働省)は原告に対して「被害の科学的裏付け」を求めている。具体的には、「黒い雨に当たった証拠」「黒い雨に放射性物質が含まれていた証拠」「原告の被曝量の証明」である。
しかし、判決では国の主張がことごとく否定され、原告が全面勝訴した。「降雨の範囲は国の範囲より広い(被告は黒い雨に当たった)」「黒い雨には放射性物質が含まれており、外部被爆・内部被曝の可能性がある」「被爆者の認定は、健康被害が出る可能性で事足りる」とされた(判決要旨はこちら)。
筆者は、国が放射線被曝に対して素人である被告に対して「科学的な根拠を厳格に求めた」ことに対して、広島高裁判決は「被爆者の救済に重点を置いた」と考えた。当時の原爆に対する科学的な知見の水準や、敗戦間際から敗戦後という時期特有の事情から見ても、国が主張する「厳格な科学的根拠」を原告に求めるのはあまりに酷といえる。
3.「黒い雨」裁判の根本的な問題点
筆者は、「原爆投下が敗戦間際」「原爆自体が軍事機密を含んでいる」「日本が敗戦国となった」などが複雑に絡み合い、原爆直後に国による「正確な調査がなされなかったこと」が重大な問題だと考えている。そのため、被爆者の救済が放置され、被爆者の救済が実際に始まったのは原爆投下から12年後の1957年である。あまりにも悲しい現実である。
今回の裁判で問題となった「黒い雨が降った範囲」も、53年の宇田雨域、84年の増田雨域、11年の大瀧雨域のなかで、国が認めているのは最も狭い「宇田雨域」であり、裁判でも被災者に対して「黒い雨に当たった科学的な証拠」を求めていた。
そもそも戦争を始めたのは国であり、その成り行きで原爆投下が起きた。その結果、住民に被害が生じたにもかかわらず、国は救済の範囲を狭め、さらに救済を求める国民に「科学的根拠」を求めてきた。何とも身勝手な論法である。その意味でも、今回は画期的な判決だ。
筆者が翌15日、購入した全国紙のなかでは、毎日新聞の報道がもっとも詳しく、次いで朝日新聞が詳しかった。毎日新聞も、ネット配信ニュースよりも紙面のほうがより詳しく書かれていた。
(つづく)
▼「黒い雨」訴訟控訴審・判決後記者会見はこちら
https://www.youtube.com/watch?v=co73y1Wii08
<プロフィール>
千葉 茂樹(ちば・しげき)
福島自然環境研究室代表。1958年生まれ。岩手県一関市出身。専門は火山地質学。2011年3月の福島第1原発事故の際、福島市渡利に居住していたことから、専門外の放射性物質による汚染の研究を始め、現在も継続している。データ・マックスの記事
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磐梯山関係の論文この他に、「富士山、可視北端の福島県からの姿」などの多数の論文がある。
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