2024年11月25日( 月 )

「黒い雨」判決と福島原発事故~あまりにも遅い救済(中)

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福島自然環境研究室 千葉 茂樹

 当時の住民ら84人が訴えた「広島原爆後の『黒い雨』降下による被曝の救済」が7月14日、広島高等裁判所の2審判決でほぼ全面的に認められた。原爆投下から76年、あまりにも遅い救済判決だ。被告は実務を司る「広島県」「広島市」とされるが、事実上は「厚生労働省」である。政府は7月26日、上告を断念して原告に被爆者健康手帳を交付することになった。黒い雨裁判と福島原発事故の問題を考えたい。

YouTube「黒い雨」訴訟控訴審・判決後記者会見より

4. 筆者の考え

 「黒い雨」裁判の本質は、「放射性物質を含む塵(死の灰)による内部被曝」の問題であり、本来はこの問題を論点にすべきである。しかし、立証が難しいため、原告は「黒い雨」を論点として裁判を起こしたと考えている。本来なら、爆風(ベースサージ)のおよんだ範囲、死の灰が降った範囲を明確に調査して、それを論拠に被災者救済をすべきと感じる。現状では、それらの資料がないため難しいが、本来救済すべき人々は、今回の判決「黒い雨の範囲」よりも相当に広範囲に及ぶと考えられる。

 国の上告断念により、今後、新しい救済法がつくられるだろう。その際には、より広範囲の人々の救済を行ってほしい。原爆投下から76年が経ち被災者が高齢化しているため、残された時間は少ない。

<追記>

 筆者が本稿を書き上げた翌27日、政府は高裁判決後も「内部被曝を認めない方針」を打ち出した。

 NHK NEWS WEBによれば、菅首相は「今回の判決には、原子爆弾の健康影響に関する過去の裁判例と整合しない点があるなど、重大な法律上の問題点がある。とりわけ『黒い雨』や飲食物の摂取による内部被ばくの健康影響を、科学的な線量推計によらず、広く認めるべきとした点は、これまでの被爆者援護制度の考え方と相いれず、容認できるものではない」と発言した。

 筆者は、上記の発言は被爆者にはあまりに過酷な内容であると感じる。被爆者は自身の意思とは無関係に被曝したのであり、放射線の専門家でもないため、科学的な立証を求めるのはあまりにも酷である。原因をつくったのは誰かを考えれば、このような内容は発言できない。被爆者を追い詰める発言は厳に慎んでほしい。

5. 「黒い雨」判決からの教訓

 上記のように、福島原発事故を考えるうえで「黒い雨」判決から学ぶことはたくさんある。1つ目は、相手が国や東電であり、個々人が争うには強大すぎること。2つ目は、原告の弱点を突いてくること。3つ目は、訴訟に長い年月がかかることだ。誰かが声を挙げないと、このような問題は歴史の闇の紛れ込んでしまうため、「黒い雨」訴訟は被災者の粘り強い姿勢による勝利といえる。

A. 最も重要なのは事故直後の記録・調査

千葉 茂樹 氏
千葉 茂樹 氏

 黒い雨訴訟でも問題となったのは、国が主張する「科学的証拠」である。「黒い雨」の降雨範囲も、国は最も狭い「宇田雨域」を主張した。被告は自身の正当性を主張して、補償範囲を狭くするために都合の良いデータを採用する。原告はある日突然、被災者になったため、原爆や放射線に関してまったくの素人であり、原告に対して「科学的根拠」を求めるのは、あまりに酷だ。被告である国は、原告の「弱点」を突いてきた。

 福島原発事故も同様に、2011年の事故直後からの調査データが重要だ。被害を受けて慌てふためく暇はないため、普段から置かれた環境を見渡して事前に知識を得ておかねばならない。これは筆者自身の反省でもある。

 被災者のなかには「国と東電がやったことだから、国と東電が調査して被害を回復すべきである」と主張する人がいるが、明らかに間違いである。黒い雨訴訟の国の態度を見るとわかるように、加害者に調査をさせたら都合の良い調査結果しか出さない。被災者が主張を通すためには、個人で行うのは容易ではなく理不尽であるが「自分で調査して証拠を残す」しかない。

 そのため、筆者は徒歩で現地調査をしている。専門家からは「筆者は素人であり、素人は手を出すな」とも言われてきた。それならば、専門家はもっと体を張り、肝の据わった調査をすべきだと感じる。筆者は徒歩で調査をしているが、現地を歩いて初めてわかることが山のようにあるためだ。とにかく、できる限りデータを残さねばならない(筆者の調査報告はこちら)。

(つづく)

▼「黒い雨」訴訟控訴審・判決後記者会見はこちら
https://www.youtube.com/watch?v=co73y1Wii08


千葉 茂樹 氏<プロフィール>
千葉 茂樹
(ちば・しげき)
福島自然環境研究室代表。1958年生まれ。岩手県一関市出身。専門は火山地質学。2011年3月の福島第1原発事故の際、福島市渡利に居住していたことから、専門外の放射性物質による汚染の研究を始め、現在も継続している。

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著者の論文などは、京都大学名誉教授吉田英生氏のHPに掲載されている。
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この他に、「富士山、可視北端の福島県からの姿」などの多数の論文がある。

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