「黒い雨」判決と福島原発事故~あまりにも遅い救済(後)
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福島自然環境研究室 千葉 茂樹
当時の住民ら84人が訴えた「広島原爆後の『黒い雨』降下による被曝の救済」が7月14日、広島高等裁判所の2審判決でほぼ全面的に認められた。原爆投下から76年、あまりにも遅い救済判決だ。被告は実務を司る「広島県」「広島市」とされるが、事実上は「厚生労働省」である。政府は7月26日、上告を断念して原告に被爆者健康手帳を交付することになった。黒い雨裁判と福島原発事故の問題を考えたい。
5. 「黒い雨」判決からの教訓(つづき)
B.責任回避
この原稿を書くにあたり、原爆について調べたが、原爆投下の責任が誰にあるのかがまったくわからなかった。福島原発事故も責任の所在がわからない。責任を追及しようとしても、相手が国や巨大企業であるため、強靭すぎて戦うのが難しい。
福島原発事故でも、「東電旧経営陣の責任の有無」の裁判が行われているが、「原発開発の経緯」「福島県への誘致の経緯」などを見ると、多方面に責任があると筆者は考えている。しかし、責任者が国や巨大企業と思われる場合、巧妙な責任回避が行われている。問題を指摘した資料や各報告書には関係部署や責任者名の記載があるが、その最終責任者が誰なのか、判然としないことが多い。
福島原発周辺に「中間貯蔵施設」が建設され、県内で出た原発事故の汚染物が搬入されている。しかし、これはあくまでも「中間貯蔵」であって、「最終処分は50年後に福島県以外で行うこと」になっているが、その最終処分も、「誰が責任者」で「どこが最終処分場」かが明確でない。国と東電にとっては「他人事」であり、また「50年後のため、自分は責任を取らなくてよい」と考えているではないのだろうか。
国や東電は「汚染水問題」も同様に原発事故から10年間も放置してきたが、「『タンクがいっぱいになって汚染水をもう貯蔵できないから、太平洋に流すしかない』といえば、福島県民がやむなく認める」と思っていたのではないだろうか。
C.被災者救済
広島原爆の被災者救済の歴史を見ると、被災が1945年8月6日で、57年「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律」、68年「原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律」、94年「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律」の制定と、救済の歩みが実に遅い。
さらに、今回の裁判で問題になったように、援護対象も狭い範囲に限定している。この歴史から、国が自発的に行ったのではなく、政治的な状況や外圧から対応しているようにしか見えない。たとえば、57年の「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律」の制定も、54年のビキニ水爆実験による第5福竜丸被曝問題を契機に制定されたようだ。
福島原発事故では、短期的には、原発周辺の住民には生活保障がある程度なされてきたが、長期的には、被曝による健康問題など多くの問題が起きる可能性がある。福島原発事故の放射性物質の汚染は基本的に低線量被曝であり、今後どのような症状(晩発症)が出てくるかわからない。
広島原爆のような「ぶらぶら病」は汚染の関係で出ないと考えられるが、軽度の「ぶらぶら病」は発生する可能性がある。また、確実にいえることは、通常より多い放射線を浴びているため、紫外線の問題と類似しているが、間違いなく老化が促進される。そのため、若い世代に老人性の疾患が現れる可能性がある。今後、上記のような問題が生じたときに、迅速な救済が行われるかが懸念される。
6.福島の汚染は続く
直近では、「ハチミツ汚染問題」が発覚した。東京五輪報道に紛れて知らない人も多いだろうが、7月22日、「道の駅 なみえ」で販売された浪江産のハチミツから基準値以上の放射能が検出された。
福島県では内堀知事が先頭に立ち「福島県産品は安全」「風評のために県産品が売れない」と発言を繰り返している。しかし、実際には福島県の土壌汚染はいまだに続いている。公的な除染はあくまでも居住区域のみであり、それ以外の森林などは除染されていない。実際に、2021年になっても福島県の農作物や野生動物からは基準値以上の放射能が検出されている。5月には、阿武隈山系の小野町で販売されたコシアブラから基準値以上の放射能が検出された。
福島県産品は、出荷前に放射能検査が行われることになっているが、上記2件の販売品から基準値以上の放射能が検出されている。ハチミツは浪江の植物の花からミツバチが採集したものであり、浪江の植物には、原発事故から10年も経った今でも放射能が含まれている証拠である。
今回の問題は奇しくも「福島県産品に基準値以上の放射能が存在する証拠」になり、福島県産品の放射能検査が厳密に実施されていないことも露見した。このような問題が起きると最終的に困窮するのは、被災者である地元住民である。
福島県が「福島県産品は安全」と主張するのであれば、県産品の放射能検査を「厳格」に行ってから出荷すべきだ。場合によっては、かつて宮崎県が「東国原知事」を前面に出したように、福島県産品に「内堀知事の顔写真入りの品質保証書」を貼り付けて売り出すのも一案だ。内堀知事にそこまでの覚悟があるかが問題であるが、そこまで腹を括ってやらなければ信用は得られない。「風評」という前にやるべきことは多くある。
(了)
▼「黒い雨」訴訟控訴審・判決後記者会見はこちら
https://www.youtube.com/watch?v=co73y1Wii08
<プロフィール>
千葉 茂樹(ちば・しげき)
福島自然環境研究室代表。1958年生まれ。岩手県一関市出身。専門は火山地質学。2011年3月の福島第1原発事故の際、福島市渡利に居住していたことから、専門外の放射性物質による汚染の研究を始め、現在も継続している。データ・マックスの記事
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福島原発事故、アルプス処理水を海洋放出して良いのか~報道では語られない諸問題と私の提案著者の論文などは、京都大学名誉教授吉田英生氏のHPに掲載されている。
原発事故関係の論文
磐梯山関係の論文この他に、「富士山、可視北端の福島県からの姿」などの多数の論文がある。
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