【富士山大噴火、その時】噴火のリスクとその影響(2)
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京都大学レジリエンス実践ユニット
特任教授・名誉教授 鎌田 浩毅 氏東日本大震災は「大地変動の時代」の幕開け
富士山は活火山であるが、最近300年間は噴火していない。ところが、今から10年前の2011年に富士山の地下で異変が起きた。それ以後の富士山は「噴火スタンバイ状態」になったと考えられるので、今回は現在地下で何が起きているのかを解説してみよう。
11年3月11日午後2時46分、東北地方の三陸沖を震源とする巨大地震が発生した。地震情報を管轄する気象庁によってただちに「2011年東北地方太平洋沖地震」と命名された。さらに地震と津波にともなう災害を「東日本大震災」と呼称することが、閣議で決定された。すなわち、震災は全国を対象とする激甚災害に指定されたのだが、自然現象としての「地震」と、人が被害に遭う「震災」とでは呼び方を変えることが、地震災害では慣例となっている。
この地震は日本の観測史上最大規模であるだけでなく、世界的に見ても歴代4位ともいえる超ド級の巨大地震だった。地震の規模を示すマグニチュード(M)は9.0に達し、これは1960年のチリ地震(M9.5)、64年のアラスカ地震(M9.2)、2004年のスマトラ沖地震(M9.1)などに次ぐ大きさだ。
マグニチュードの数字が1大きくなると、放出するエネルギーは32倍ほど増加する。M9.0の地震とは、放出エネルギーで見ると、1923年に関東大震災を起こした関東大地震(M7.9)の約50倍、95年に阪神・淡路大震災を起こした兵庫県南部地震(M7.3)の約1,400倍にもなる。
この地震によって海底は広い範囲にわたって5m以上も隆起し、大量の海水を持ち上げた(図2-1)。これが沿岸部に到達したときには高さ15mを超える津波となり、最大40mの高さまで遡上して、内陸部にまで甚大な被害を与えた。このような地震は日本列島では平安時代以来であり、ここから日本列島は「大地変動の時代」に突入したのである(鎌田浩毅著『京大人気講義 生き抜くための地震学』ちくま新書)。
日本列島が5m東へ伸張する
東日本大震災は、東日本が乗っている北米プレート上の地盤を変えてしまった。実際、地震の後に日本列島は最大5.3mも東側に移動したのである(図2-1)。さらに、太平洋岸では地盤が最大1.14mも沈降したことが観測された。
日本列島を大きく眺めてみると、東北地方から関東地方の太平洋側が東西に少し広がり、また一部の地域が沈降したことになる。一般にこうした現象は、海の巨大地震が起きた後に必ず見られる。
すなわち、今の日本列島の東半分は、東西に引っ張られる力が絶えず加えられている状態にある。この力が、あるとき岩盤の弱い部分を破壊して、断層ができる。こうした断層が正断層なのである。ちなみに、東日本大震災より前の日本列島には、東西から押されるような力が加わっていた。その結果、東北地方には逆断層が多くできていた。ところが、東日本大震災以後は反対に引っ張られる力へと変化したために、正断層型の直下型地震が起きるようになってきた。
大変厄介なことに、こうした正断層がどこで起きるのかは、まったくわからない。ある日突然弱い部分が割れるということだけが、わかるすべてである。東日本大震災の結果、これまで地震が起きなかったような地域でも地震が起きるようになってしまった。今後20年くらいは、いつどこで直下型地震が起きてもおかしくない、と考えたほうがよい。
ちなみに、M9という巨大地震が発生した結果、日本の陸地面積は0.9km2ほど拡大したと計算されている。東日本大震災はそれほど大きな影響を日本列島に与えたのである。
富士山のマグマだまりに影響
東日本大震災が日本列島にもたらした影響は、断層の変化による直下型地震の多発だけではない。海域でこのような海溝型巨大地震が発生すると、数カ月から数年以内に、活火山の噴火を誘発することがある。これは地盤にかかっている力が変化した結果、マグマの動きが活発化するためと考えられる。
20世紀以降、M9クラスの地震は全世界で8回起きているが、ほとんどのケースで、遅くとも地震の数年後に震源域の近傍の活火山で大噴火が発生している。実際に日本でも、東北地方で起きた巨大地震の後に火山活動が活発化した記録が残っている。たとえば、東日本大震災との類似性が指摘されている869年の貞観地震では、その2年後に秋田県と山形県の県境にある鳥海山が噴火した。
そして東日本大震災以後でも、活火山の地下では活動が大きくなり、地震が増加している。たとえば浅間山、草津白根山、箱根山、焼岳、乗鞍岳、白山など20個ほどの火山の地下では、東北での地震発生直後から小規模の地震が急増した(図2-2)。
さらに14年9月には、御嶽山で60名以上の犠牲者を出すという戦後最大の噴火災害が発生した。また、16年4月にはM7.3の熊本地震が起こり、熊本から大分までの広い範囲に震源が拡大するという前代未聞の災害があった。
この後、熊本と大分の中間にある阿蘇山が噴火している。さらに18年1月には、草津白根火山で噴火災害が発生し、1名が亡くなった。このようにM9.0の東日本大震災が起きた後の日本列島では、それ以前に比べると明らかに活火山が活発化しているのである。
東日本大震災で生じた地盤の歪みが元に戻るには何十年もかかる。従って、今後の数十年間は、すべての活火山を厳重に監視する必要があるが、もちろん富士山も例外ではない。
次回は、富士山噴火をいかにして事前に予知するかについて解説しよう。
(つづく)
<プロフィール>
鎌田 浩毅 (かまた・ひろき)
1955年生まれ。東京大学理学部地学科卒業。通産省を経て97年より2021年まで京都大学教授。現在、京都大学レジリエンス実践ユニット特任教授・名誉教授。専門は地球科学・火山学・科学教育。科学を楽しく解説する「京大人気No.1教授」の「科学の伝道師」。週刊エコノミストに「鎌田浩毅の役に立つ地学」を連載中。著書に『富士山噴火 その時あなたはどうする?』(扶桑社)、『富士山噴火と南海トラフ』(ブルーバックス)、『首都直下地震と南海トラフ』(MdN新書)、『京大人気講義 生き抜くための地震学』『やりなおし高校地学』(ちくま新書)、『地球の歴史』『マグマの地球科学』(中公新書)、『火山噴火』(岩波新書)、『地震はなぜ起きる?』(岩波ジュニアスタートブックス)など。
URL:http://trans.kuciv.kyoto-u.ac.jp/resilience/~kamata/関連記事
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