【富士山大噴火、その時】噴火のリスクとその影響(3)
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京都大学レジリエンス実践ユニット
特任教授・名誉教授 鎌田 浩毅 氏富士山の噴火予知
前回は現在の富士山が「噴火スタンバイ状態」にあることを述べたが、噴火の前には前兆現象をつかまえて予知できる場合がある。日本列島では火山噴火が頻繁に起きてきたが、こうした災害を減らすために噴火予知の研究が進められている。その目的は、噴火が起きる前に人々が危険区域外に避難することを援助し、被害を最小限にくい止めることにある。マグマの噴出する「時間」と「場所」を予知するために、地下の状態がさまざまな手法で観測されている。
噴火の仕組み
噴火とはマグマが地下から地表へ噴き出すことである。圧力の高まったマグマは、マグマの通路である火道の中をゆっくりと上昇する。火道を埋めている岩石をバリバリと割りながら上がるときに、地震が発生する(図3-1のB)。また、噴火が近づくと、地震の起きる位置が浅くなる。
「動かざること山のごとし」という成句があるが、地球科学では当てはまらない。火山では噴火に伴って山が膨れたり縮んだりするためだ。マグマが地上へ向かう時に山体が膨張し (図3-1のB)、噴火が始まる(図3-1のC)、その後、マグマが下へもどる際には山が収縮する (図3-1のD)。
こうした膨縮はきわめてわずかであるため、山体に設置された傾斜計で精密な測定を行う(図3-1のA)。水平距離1万メートルにつき1ミリメートル上へ持ちあがる傾きを測定する、という極めて精度の高い技術を用いている。
その他には、火山体の磁場変化を測定する方法もある。マグマが地上に近づくと岩石の磁化が弱る、という性質を使う。たとえば、磁石を火にくべて、ある温度以上に加熱すると、鉄片を引き付ける力が弱くなる。そのため、岩石に記録された磁化の強さを定期的に測定すると、マグマが上昇したか下降したかが分かる(鎌田浩毅著『火山噴火』岩波新書)。
また、火山ガスの変化も噴火予知に用いられる。マグマにはさまざまな火山ガスが溶けているが、ガスの放出量や個々のガスの相対的な比率が噴火予知に使われる。こうした観測では、噴火していない平時のデータが必要となる。ちょうど風邪をひいたとき、普段の平熱が分からなければ微熱が出たかどうかを判断できないのと同じである。
噴火予知は「噴火開始の予知」「経過の予知」「終息の判断」という3つのステージに分けられる。通常、噴火が始まってからマグマ噴出の形態がさまざまに変化する。そのため、噴火開始を正確に予知できた場合でも、その後どのように推移してゆくかという判断がむずかしい。そのため、現在でも世界中の活火山で観測と研究が続けられている。
噴火の前に起きる3つの地震
ここで富士山の断面を見ておこう。現在、富士山の地下約20キロメートルには、高温マグマで満された「マグマだまり」がある(図3-2)。ここには1000℃に熱せられた液体マグマが大量に存在し、それが地表まで上がってくると噴火が始まる。
噴火の前には前兆現象が観測される。まずマグマだまり上部で「低周波地震」と呼ばれるユラユラ揺れる地震が起きる(図3-2のa)。これは人体に感じられない小さな地震であるが、しばらく休んでいたマグマの活動が始まったときに起きる。低周波地震は、普通の地震と違って、ゆったりと揺れる地震のことをいう。普通の地震と区別するために、わざわざ「低周波」という言葉が付けられている(鎌田浩毅著『富士山噴火と南海トラフ』ブルーバックス)。
簡単に言えば、岩石がバリバリと割れるときには「高周波」の地震が起きる。それが日常生活で我々の経験する地震である。それに対して、地下にある液体などがユラユラと揺らされた場合には「低周波」の地震が起きる。
次に、マグマが上昇してくると、通路(火道)の途中でガタガタ揺れるタイプの地震が起きる。人が感じられるような「有感地震」であり、「高周波」地震でもある(図3-2のb)。地震の起きる深さは、マグマの上昇にともない次第に浅くなってゆくため、マグマがどこまで上がってきたかが分かる。
その後、噴火が近づくと「火山性微動」という細かい揺れが発生する(図3-2のc)。これはマグマが地表に噴出する直前に起きるのであるが、噴火スタンバイの状態になったことを示す。
噴火直前の地震
ちなみに2014年の御嶽山噴火では、最初の爆発が起きる10分ほど前に火山性微動が記録された。しかし、火口付近には登山者が既におり、突然の噴火によって多数の遭難者が出てしまった。
御嶽山のような活火山では、噴火の前に地下で起きる前兆をつかまえて、災害を最小限に食い止める方策がとられている。しかし、事前に山が膨らむなどの地殻変動は観測されず、噴火の直前に起きる火山性微動が始まったのは、噴火のわずか11分前だった。
嶽山噴火のような小規模噴火の予知は、残念ながら非常に難しいと言わざるを得ない。御嶽山で起きたような水蒸気噴火では、火山学的に前兆を確実にとらえられるほど研究が進んでいないのも現実である。
火山の噴火情報は、国土交通省に属する気象庁から出される。常時観測している火山から送られる観測データを24時間態勢で監視し、もし何らかの変化が生じた場合には、噴火に関する情報が夜中でも発表される。同時に、情報は直ちに火山周辺にある自治体、防災機関、報道機関に送られる。
次回は、富士山に山自体が崩れる山体崩壊という現象について解説しよう。これまえ富士山は約5000年に一度の頻度で山頂が崩壊した。風光明媚な富士山は永遠の姿ではないのである。
(つづく)
<プロフィール>
鎌田 浩毅 (かまた・ひろき)
1955年生まれ。東京大学理学部地学科卒業。通産省を経て97年より2021年まで京都大学教授。現在、京都大学レジリエンス実践ユニット特任教授・名誉教授。専門は地球科学・火山学・科学教育。科学を楽しく解説する「京大人気No.1教授」の「科学の伝道師」。週刊エコノミストに「鎌田浩毅の役に立つ地学」を連載中。著書に『富士山噴火 その時あなたはどうする?』(扶桑社)、『富士山噴火と南海トラフ』(ブルーバックス)、『首都直下地震と南海トラフ』(MdN新書)、『京大人気講義 生き抜くための地震学』『やりなおし高校地学』(ちくま新書)、『地球の歴史』『マグマの地球科学』(中公新書)、『火山噴火』(岩波新書)、『地震はなぜ起きる?』(岩波ジュニアスタートブックス)など。
URL:http://trans.kuciv.kyoto-u.ac.jp/resilience/~kamata/法人名
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