2024年11月13日( 水 )

【富士山大噴火、その時】噴火のリスクとその影響(4)

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京都大学レジリエンス実践ユニット
特任教授・名誉教授 鎌田 浩毅 氏

富士山の山体崩壊

 食べ物には安全に食べられる「賞味期限」があるが、火山にも美しさの賞味期限がある。突拍子もない話のようであるが、筆者の専門である地球科学から導かれる興味深い事実であるため、紹介したい。

 富士山が有史以来、大噴火を何回も起こした「活火山」であることは、意外に知られていない。実は、富士山は昔から美しい円錐形だったのではなく、山が大きく崩壊して山頂の欠けていた時期が何回もあった。標高が高いということは、上部が不安定であることを意味する。そのため、噴火や地震を引き金として、不安定な部分がときどき崩れるのだ。

 これは「山体崩壊」と呼ばれる現象で、山麓を高速の「岩なだれ」が襲う。巨大な岩の塊が麓まで一気に駆け下りる非常に危険な現象である。その結果、岩石と土砂が山麓を埋めつくし、逃げ遅れた人々から多数の死者が出る。

 たとえば、1980年5月に米国ワシントン州にあるセントヘレンズ火山が山体崩壊を起こした。山の上部にマグマが貫入して、爆発を誘発した(図4-1のA)。その後、崩れた土砂が山麓を高速で流下した(図4-1のB)。その結果、57名の死者および行方不明者と10億ドル(当時のレートで約2,230億円)以上の経済的損害が出た。また我が国の例としては、1888年に福島県の磐梯山で起きた岩なだれで477名が犠牲となった。

図4-1:  1980年の米国セントヘレンズ火山で起きた山体崩壊。鎌田浩毅『日本の地下で何が起きているのか』(岩波科学ライブラリー)による。
図4-1: 1980年の米国セントヘレンズ火山で起きた山体崩壊。
鎌田浩毅『日本の地下で何が起きているのか』(岩波科学ライブラリー)による。

火山の麓に「岩なだれ」堆積物

 日本各地で○○富士と呼ばれる火山の麓には、必ず岩なだれの堆積物がある。たとえば、蝦夷(えぞ)富士(北海道・羊蹄(ようてい)山)、津軽富士(青森県・岩木山)、薩摩富士(鹿児島県・開聞岳(かいもんだけ))などである。

 なお、岩なだれは、専門用語では「岩屑雪崩(がんせつなだれ)」という。官庁の報告書にも使われているが、ガンセツという音が聞き慣れず、イメージしにくい言葉だ。

 筆者の火山学の師匠である中村一明・東大地震研究所教授は、講義で「岩なだれ」という言葉を教えてくれた。筆者もそれに倣って、最初の著書で「岩なだれ」と書いた(鎌田浩毅著『火山はすごい』PHP文庫)。なるべく大和言葉のもつ語感で火山を語りたかったからである。その後、テレビやラジオの解説で使っているうちに巷にも定着してきた。

 さて、今から2900年ほど前、富士山の東斜面が山体崩壊した。この証拠が静岡県の御殿場市に残されている。東京の山手線が囲む広さの土地を、厚さ10mの土砂が埋め尽くした。岩なだれの速さは時速100km以上と推定されている。

 このときの山体崩壊は、東海地方を襲った巨大地震によって引き起こされた可能性が考えられている。富士山の南西には富士川が駿河湾に流れ込んでいるが、この河口に5つの活断層が見つかっている。これらは日本の活断層のなかでは最大級のA級活断層であり、総称して「富士川河口断層帯」と呼ばれている(鎌田浩毅著『富士山噴火と南海トラフ』ブルーバックス)。

 その活動時期は、2900年前に起こった御殿場岩なだれと時期がほぼ同じだ。そのため、このときの大揺れによって、富士山が山体崩壊を起こしたのではないかと推定されるのである。おそらくM7を超える直下型地震が発生したため、富士山が崩壊したのだろう(図4-2)。

図4-2:  直下型地震の発生によって誘発される山体崩壊。鎌田浩毅『富士山噴火と南海トラフ』(ブルーバックス)による。
図4-2:直下型地震の発生によって誘発される山体崩壊。
鎌田浩毅『富士山噴火と南海トラフ』(ブルーバックス)による。

5000年に1回の発生頻度

 富士山では過去に12回も山体崩壊が起きたことがわかっている。また、発生する頻度は5000年に1回と見積もられており、もし山体崩壊が起きれば最大40万人が被災する可能性がある。めったに発生するものではないが、いったん発生すると途轍もない被害をもたらすのだ。

 日本人は10年前の東日本大震災で、1000年ぶりに起きた巨大災害を目のあたりにした。その経験から、たとえ5000年に一度という発生頻度の低い現象であっても、想定しておかなければならないことを学んだ。富士山の山体崩壊も「想定外をできる限り排除する」立場から、十分に検討する必要がある。

 2900年前の崩壊後、再び溶岩が数百回もあふれ出し、醜く崩れた地形を徐々に埋めていった。均整のとれた現在の山頂ができあがるまで、実に2000年以上もかかっているのだ。日本人は『万葉集』以後、富士山の美しい姿を讃えてきたが、現在までの千年間はちょうど運良く最もかたちの良い時期にめぐり合わせてきたともいえよう。

富士山の寿命

 火山学の知識から富士山の寿命を考えてみよう。人間にたとえると、富士山はまだ小学生の年齢だ。今から成長して何回も山体崩壊を起こすだろう。皆さんには、次の山体崩壊が起きる前に富士山に登っておくことをぜひお奨めしたい。というのは、山体崩壊がいつ起きるのか最先端の火山学でも予知できないためだ。明日や明後日ではないだろうが、1年後に山体崩壊しても不思議ではない。

 2900年前の山体崩壊は、富士山にも近い富士川河口で起きた直下型地震によって引き起こされた。富士山はマグマ活動と関係のない直下型地震によっても山体崩壊する点が極めて厄介なのだ。

 富士山を眺める際には、こうした長期の視点も大切だ。筆者は「長尺の目」と呼んでいるが、日本の美しい自然は数千年から1万年という時間スケールで育まれてきたものばかりである。富士山を初めとして、美しさにも「賞味期限」があることを知りつつ、自然と楽しく付き合っていただきたい(鎌田浩毅著『首都直下地震と南海トラフ』MdN新書)。

 次回は、地震と噴火の連動現象について解説しよう。具体的には、2030年代に起きると予測される南海トラフ巨大地震が、富士山の噴火を誘発する可能性である。

(つづく)


<プロフィール>
鎌田 浩毅
(かまた・ひろき)
鎌田 浩毅 氏1955年生まれ。東京大学理学部地学科卒業。通産省を経て97年より2021年まで京都大学教授。現在、京都大学レジリエンス実践ユニット特任教授・名誉教授。専門は地球科学・火山学・科学教育。科学を楽しく解説する「京大人気No.1教授」の「科学の伝道師」。週刊エコノミストに「鎌田浩毅の役に立つ地学」を連載中。著書に『富士山噴火 その時あなたはどうする?』(扶桑社)、『富士山噴火と南海トラフ』(ブルーバックス)、『首都直下地震と南海トラフ』(MdN新書)、『京大人気講義 生き抜くための地震学』『やりなおし高校地学』(ちくま新書)、『地球の歴史』『マグマの地球科学』(中公新書)、『火山噴火』(岩波新書)、『地震はなぜ起きる?』(岩波ジュニアスタートブックス)など。
URL:http://trans.kuciv.kyoto-u.ac.jp/resilience/~kamata/

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