2024年12月24日( 火 )

政治屋が目をそらす日本の「不都合な真実」に対する処方箋(中)

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前衆議院議員 緒方 林太郎 氏

 現在、日本が抱える危機といえば「COVID-19(コロナウィルス)」ですが、それ以前から確実に進行して日本を蝕んでいるのが「少子化・人口減少」と「財政危機」です。この2つは密接に絡み合っています。そして、あまりに病理が深く進行し過ぎて、その解消のため今からどの程度のことができるのかについてすら不安になる所があります。政治は今、この2つの課題から目を逸らすことなく解決策を提示する義務があります。

少子化の遠因~経済分析の誤り

 正直、これまでの歴代政権は少子化対策に口でいうほどには積極的ではありませんでした。その頂点が「アベノミクス」の分析ミスでしょう。2012年末に政権に就いた安倍総理は「デフレ解消」を掲げ、「デフレは貨幣現象」という分析をベースに、「マネーを供給すればデフレは解消する」という処方箋を実施しました。経済学の教える所では、インフレは常に貨幣現象です。しかし、デフレにはさまざまな要因があり得るものであり、日本をしつこく蝕むデフレの原因はマネー不足ではありませんでした。日本のデフレの正体は、高齢化する人口構造と人口減少です。しかし、安倍政権はこの不都合な真実から目を背け、1980年代のバブル再来を狙ったかのように金融緩和に走ります。結局、目標とする2%の物価上昇率は達成できませんでした。「デフレは貨幣現象」という分析は間違っていたのです。途中からは想定がうまくいかなくなり、「デフレはひとえに貨幣現象」と表現を微修正し、さらには「新三本の矢」ということで「希望出生率1.8」という項目を提示していましたが、あれらの動きは当初の経済分析が誤っていたことの敗北宣言でした。

日本経済の行く末

緒方 林太郎 氏
緒方 林太郎 氏

 アベノミクスというのは、前記の通り、誤った前提によってスタートしました。ただし、金融緩和の効果として生じた円安は、主に輸出産業にとっては天祐でした(その意味で私は短期間一息つくための手法としての金融緩和を否定しているわけではありません)。見方次第ですが、アベノミクスの本質とは金融緩和の皮を被った通貨切り下げ競争ではないかと思うことがあります。第二次世界大戦前、世界は経済のブロック化と通貨切り下げ競争によって経済が混迷化し、戦争への道を歩んでいきました。世界の経済史において、通貨切り下げ競争が忌み嫌われるのはそのような背景があるからです。しかし、アベノミクスは期待された物価上昇が実現できず、残った成果は通貨切り下げ(+α)でした。そして、政権が期待したバブルは全国的に生じることはなく、一部地域による不動産バブルにつながっただけでした。デフレの正体を見誤ったことにより、結果も想定外なものとなりました。

 そして、日本銀行やGPIF(年金積立金管理運用(独))によるETF(上場投資信託)買入が株価上昇につながりました。年金積立金の運用手段として株式を購入することはとくにおかしなことではありませんが、金融政策の手段として中央銀行が株式を購入しているのは世界中で日本だけです。企業の国有化とは政府が筆頭株主となって企業を支配することですが、日本銀行が筆頭株主になるというのは国有化以下の異常事態です。ベースとなるのが額に汗して稼いだわけではないお金である以上、これによる株価上昇はただの幻想でしかありません。日本銀行によるETF購入で自社の株価が上がったのを喜ぶ経営者のコメントを聞いて、私は日本の起業家精神は何処に行ってしまったのだろうかと慨嘆しました。

不都合な真実~日本政府の債務は太平洋戦争末期の水準越え

 結果として残ったのは、脆弱化したシステム、膨大な公的債務、そしてそれを痛痒にも感じない政治です。日本銀行による超金融緩和を長年続けたことにより、日本の金融システムは確実に脆弱性を増しています。また、現在の株価の何割かは日本銀行によって支えられる「ハリボテ」の部分であり実体経済を反映していません。安倍総理は「強い経済を取り戻した」といった趣旨のことを言いますが、実際には「今だけ、自分だけ」の政策によって日本経済の脛をかじり、ショックに対するリスク要因が高くなっています。これまで危機が来なかったのは、先人が築き上げた日本経済が頑強であったからです。また、公的債務は恐ろしい水準にまで増え続けていますが、これが顕在化していないのは長期金利がゼロ近傍に押さえられているからです。公的債務の増大に対する政治の感度が下がっていることを私は懸念しています。1975年、2兆円の赤字国債を発行した大平正芳蔵相が「万死に値する」と述べた悔悟と矜持を忘れてはなりません。

 日本政府の債務はGDPの270%近くまで膨らんでいます。これは太平洋戦争末期の水準を越えています。こういうことをいうと、「負債に見合う資産がある」「対外純資産は大幅プラスだ」「政府の債務は国民の資産。償還の心配は不要」といった反論があります。

 1つ目については、政府の純債務も膨大である事、資産については大半が現金化できるわけではない事、長期金利の上昇はすべての債務に対して起こることなどからあまり意味のある議論ではありません。2つ目については、民間がもっているものが多く、「徳政令」的なことでも行わない限り政府が取り崩して何かに使えるものではありません。しかも、対外純資産が多いというのは、裏を返すと、投資先としての日本の魅力が低いことを意味しており、諸手を上げて喜べるようなものではありません。3つ目については、まったく同じ理屈が太平洋戦争中の戦時国債売却の際使われました。その理屈が成り立つなら、明日1京円の国債を立てて、すべて日本銀行に引き受けさせ、バンバン使うことも可能となります。こんなことをしたら日本が崩壊するのは火を見るより明らかです。

(つづく)


<プロフィール>
緒方 林太郎
(おがた・りんたろう)
1973年北九州市八幡西区生まれ。福岡県立東筑高校を経て東京大学入学。94年に東京大学法学部を中途退学、外務省入省。2005年外務省退職。09年衆議院議員初当選。14年衆議院議員2期目当選。17年落選。

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