2024年12月23日( 月 )

ストラテジーブレティン(296号)2022年の米金融政策展望と米国で進化する株式資本主義(4)

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 NetIB‐Newsでは、(株)武者リサーチの「ストラテジーブレティン」を掲載している。
 今回は2021年12月9日付の記事を紹介。

(4) 米国で進化を遂げつつある株式資本主義

 米国の株式を中心とした金融を考えると、米国の資本主義がどうも新しい段階に進化しているのではないかという仮説にたどり着く。

株式市場が資金調達の場から所得還元の場に変わった

 第一に株式市場の役割が変わった。かつては株式市場、より広義には金融市場の役割は、家計の貯蓄を銀行が預金として受け入れ、銀行がそのお金を企業に貸し出すことで運用するという循環が主たるフローであった。ところが今の米国では企業の利益を株式に株主に返す、その株主に返したお金がさまざまな経済循環の起点になる、ということが起こっている。

図表11: 米国で進化する株式資本主義/図表12: 米国企業部門(非金融)資金フロー

株主還元から資金循環が始まる

 図表12は2015年から2020年までの6年間のアメリカの企業部門(金融を除く)の資金フローであるが、利益合計が6.17兆ドル、これをどれほど株主に返還したのかというと配当で3.6兆ドル、自社株買いで2.5兆ドル、合計で6.14兆ドルを株主に返している。驚くべきことに、アメリカの企業は儲けをまるまる株主に返している。株式市場はかつては企業が資金を調達する場だったが、今は企業が所得を株主に返す場になっているという、転倒現象が起こっている。この企業による自社株買い、あるいは株主還元が、大幅な株高をもたらして家計貯蓄の大幅な増加をもたらしている。図表13はリーマン・ショック以降の米国における主体別株式純投資額である。この間の7倍という大幅な株高をもたらしたのは、唯一企業の自社株買いだけであった。年金など機関投資家は大幅売り越し、家計もほぼサイドラインであった。図表14は米国家計のバランスシートであるが、青い線の純財産額は、リーマン・ショック直後のボトム2009.1Qに56兆ドルであったものが、2021年2Qには141億ドルと11年で85兆ドル増えた。85兆ドルというのは、アメリカのGDPの4倍近い額であり、この巨額の資産増加が米国家計の強気な消費を可能にしたエンジンであった。このように資金循環の起点が自社株買いを通した株主還元から始まっているということが重要である。これは従来の株資本主義のフレームワークの逸脱である。

図表13: 米国株式投資主体別累積投資額/図表14: 米国家計の資産、債務、純財産の推移

時価総額ポートフォリオが将来投資を決める

 2つ目に、将来を決める投資の推進力が大きく変わった。かつては銀行が融資ポートフォリオを通して将来の投資を決めていた。銀行家はこの企業、この経営者、この商品に将来性があるということで融資をすると、そこで投資が始まり好循環がひき起こされていた。しかし今や銀行の借金で投資をする時代ではなくなり、代わって株式の時価総額ポートフォリオによって将来投資が決められていく。株価が高い企業は自動的に資金力が強くなり、自動的に投資が可能になり、自動的に株価が描いている将来の成長を実現して行く、ということが起こっている。それが端的に表れているのが、たとえば自動車産業である。図表15に見るように、今やテスラの株式時価総額は1兆ドルを越えトヨタの3倍となっている。これだけ時価総額が強いテスラは、さまざまなかたちで資金調達を行い、縦横無尽に投資をする。このような強力な投資がさらにテスラを強くするということで、時価総額ポートフォリオが将来をつくるというようなことが起こっている。GAFAMが次々に周辺ビジネスを買収してコングロマリット化しているのも、高株価による資金力が可能にしているといえる。

図表15: 自動車メーカーの時価総額推移/図表16: 日米家計の資産配分比較

配当と値上がり益が最大の貯蓄増加手段に

 さらに、家計貯蓄は米国では主として株価上昇と配当によって増加してきた。図表16は日米の年金保険の準備金を除く家計金融資産の内訳であるが、米国では72%が株式・投信であり、現預金は18.7%に過ぎない。配当と値上がり益が圧倒的に家計の資産形成に寄与してきたことは明らかである。ちなみに日本はそれとは真逆で、株式・投信の割合は2割以下、現預金が75%ということで、日本はアメリカの株式資本主義に比べるとだいぶ遅れているということがいえる。

 こうしたことの帰結として、企業の経営者は、何よりも株価によって評価されることになる。つまり株価中心の金融が今のアメリカではもはや定着している現実なのである。

振り返ると資本主義は大きく変態してきた

 i. 19世紀産業革命後のイギリスは、労働者が搾取され、階級対立が深刻化するというマルクスが描く古典的資本主義の時代であった。

 ii. しかし20世紀に入り米国では所有と経営が分離され、テクノクラートとしての経営者が登場した。また株主は少数の富裕者(資本家)から多数の零細資金を糾合した機関投資家が中心になった。株主の委託を受けた機関投資家が経営を監視するという、受託者責任の時代に入る。資本を持つ者ともたざる者の対立は影が薄くなった。

 iii. そして今、家計が労働者と株主(所有者)を兼ね備える時代となり、インターネットが資本の最適マッチングをはたすという、新たな時代に入っているようである。

(つづく)

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